じっとこのまま





題名:じっとこのまま
作者:藤田宜永
発行:中央公論社 1995.3.7 初版
価格:\1,600(本体\1,553)

 『鋼鉄の騎士』を書いた同じ作者が、こういうまったく方向の違った短編集を一方で書いているというのが、まず第一に驚きである。そしてその出来具合が長篇も良かったけれど、さらに心に残るような珠玉の名短編集といった味わいで、素晴らしい。個人的には今年のベストの一冊に入れたくなった。

 よくまとまった短編集で、すべてが港区白金界隈を舞台にしている。白金と言っても表通りの洒落た区画ではなく、一本裏通りに入った古い東京で、懐かしさがいっぱいのような小さな街。そして手に職を持ったそこに住む商店主のオジサンたちが主人公を勤めている。そして短編に絡んで来るオールディズのナンバー。

 自分自身東京の一角で生まれて、ほとんど幼い時代だけをそこで過ごしてもう二度と戻らないであろう世界。そうした古い時代の香りを伝える商店と職人とオールディーズのナンバー。そして短編ってこういうのを巧いっていうんだろうなあ、と思わせるプロットの心豊かさ・・・・ 決めのラスト一行・・・・ 味わいの余韻・・・・。

 とにかくお勧めしておきます。藤田宜永は本当に小説作りが巧い職人である。

(1995.05.28)
最終更新:2007年06月03日 22:21