鋼鉄の騎士





題名:鋼鉄の騎士
作者:藤田宜永
発行:新潮ミステリー倶楽部 1994.11.25 初版
価格:\3,000(本体\2,913)

 ノベルスであれば全 5 巻ほどの分量になる書き下ろし作品を、このような形で意地で一冊にまとめちゃった新潮社は偉いんだけど、寝床で持ち上げながら読む身になってみればこれはまるで本というよりバーベルであったかもしれない。まあこんな分厚い本を読んだのは生まれて初めてであった。

 自分は自動車というものに毎日お世話になっているせいか、自動車にも自動車レースにもさして感興を抱かない一人なので、こういう風にもろに自動車レースの本だと宣伝されているものが、どうして冒険小説でありうるのか、といささかの不審不安を伴いながら手に取ったのだが、何の何の、これは自動車レース以上にスパイ冒険小説の要素が強く、そのスケールと原初的なエネルギーの強烈さにただただ驚かされた。

 集計に間に合えば『このミス』でもきっと一位二位を争う作品であったと思う。

 時代的には『凍樹の森』『エトロフ発緊急電』などと重なる。いわゆる大戦前夜の、冒険小説の「花がある」時。過去を引きずり未来を夢見る若者の、ファシズムや列強の思惑を相手取りながらも、シンプルに自動車レースに賭ける青春ひたすら篇であったのだ。

 この手の作品は、長く分厚い小説であることに意義があるのだと、ぼくも読みながらつくづく感じていた。W・スミス『熱砂の三人』に見られるような、やや作り物めいた部分もあるし、偶然の出会いが一点に纏まり過ぎる嫌いはあるけれど、これも単細胞さんのおっしゃるとおり、許せてしまう。それほどのすごい大作であると思う。

 忘れていた冒険の香気を、ここに来て思い出させてくれる、懐かしい光と風とでいっぱいの、いい作品なのである。その分厚さにためらわず、一押し作品として読んでおいて欲しい一冊なのである。

(1995.01.11)
最終更新:2007年06月03日 22:16