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シリウスの道







題名:シリウスの道
作者:藤原伊織
発行:文藝春秋 2005.6.10 初版
価格:\1,714

 この作家の一番好きな長編作品は? と聞かれたら、ぼくは間違いなく『てのひらの闇』答える。逆に鮮烈デビュー作『テロリストのパラソル』は、最初の派手な新宿中央公園の爆発と、主人公への作者自身の思い入れ度(投影度)が強いためのアンバランスが鼻について、さほど入ってはこなかった。

 むしろ短編集に味がある作家かな、と思っていたのだが、『てのひらの闇』や『蚊トンボ白髭の冒険』など、物語のキャラクターたちが作者自身から離れたときに、男の意地を書いて巧い作家だなと印象付けられた。

 サービス精神よりも、むしろ男たちの選択を描くことで、物語に緊張感を生み出すタイプの作家なのだが、本書でもこのあたりは外れてはいない。ミステリーというよりも企業小説と読んだほうがよさそうな、作者等身大の広告業界のあれやこれやは、ぼくなどには退屈でとても深読みしていられないのだが、そうした企業という非情な荒野で、主人公は他の介在を許すことのない独自の価値観で生き抜き、そのあたりは、ストーリー的にかなりご都合が宜しい部分で救われているが故に現実感に乏しいところはあるけれど、作者の描きたい男の生き様というイメージは、ハードボイルド読者にとってよくわかる。

 また、主人公の男以上に、女性上司の存在感が強く、彼女もまた企業の中で、背後にある離婚問題、職場における男女間差別などと立ち向かいながら、それを敢えて職場で見せないというあたりに、藤原美学のこだわりが見え隠れして、楽しい。

 遠い過去を共有する三人の男女の存在が、企業小説である本筋の向こうから立ち現われ、次第に小説的興味を奪い取ってゆく中盤からが、本書の見ごたえ。人間を表すためには時間軸を巧く使いこなし、その厚みによってドラマの奥行きを与えてゆくというのは、古今東西の作家の常套かもしれないが、常にこのあたりを明確に意図し、現在を描き切る人間描写こそが、藤原伊織というブランドの信頼に繋がるのかもしれない。

 そうしたスタンダードから抜け出しかけた前作『蚊トンボ白髭の冒険』に比べ、面白みという部分では若干弱いのと、企業小説そのものに面白さを感じるかどうかという読者側の視点で、読後感が大きく変わると思われる。

(2005/08/14)