ダックスフントのワープ





題名:ダックスフントのワープ
作者:藤原伊織
発行:文春文庫 2000.11.10 1刷
価格:\457

 花村萬月が『眠り猫』以前に『ゴッドブレイス物語』で小説すばる新人賞を獲得していたように、藤原伊織も『テロリストのパラソル』以前に、実はすばる文学賞という、より純文学度の高いこの賞を獲得していた。そんなことはぼくは全く知らなかった。表題作の中篇作品『ダックスフントのワープ』がそれだ。

 自閉症で辞書を読むのが趣味だと言う少女に毎日家庭教師に通って、勉強ではなく物語を語る主人公の青年。乾いてドライな「引力の外側」にいる両者の関係の中で、劇中激とも言うべきダックスフントのファンタジックな世界が広がる。邪悪の意志の地獄の砂漠に現れる邪鳥(よこしまどり)や、背中にネジのついたアンゴラウサギ、「語る木」とてっぺんにとぐろを巻いている蛇。

 その幻想世界の構築の仕方が、なにやら村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の「世界の終わり」の方の描写みたいにプリミティブで生々しく、どこか奇妙な幻惑感をもたらす。

 こんな物語りも書いていた作家だったなんて、本当に全く知らなかった。

 続く『ネズミ焼きの贈りもの』の淡々とした描写の向こうに潜む地獄のような残虐性やその距離感にも非常に村上春樹世界に似たものを感じる。続く『ノエル』は少しそうした視点から離れて、『ユーレイ』では再び不思議な世界に着地する。

 少し衝撃で、少し愉快で、少し怖い。淡々とした視点でものを書ける作家である藤原伊織よりは、どちらかと言えばウエットな作者をしか知らなかったゆえの驚愕に満ちた一冊であった。

(2002.12.15)
最終更新:2007年06月03日 21:31