※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

私の庭 浅草篇




作者:花村萬月
発行:光文社 2004.03.30 初版
価格:\2,200

 この作者にして初の時代劇長編。時代は、幕末。士農工商のどこにも俗さず、人別帖に記されることのない浮浪の子として小屋掛けに暮らす権助を中心とした、浅草・吉原界隈の青春図譜。萬月という作者の生い立ちをそのまま幕末にスライドさせたが如く、フリーター人生の主役であり、社会の外に生きるアウトローである故に、既にして時代小説という枠組みを破戒しているかもしれない試みであり、だからこそ萬月という作家にしか書き得ない幕末の気配でもある。

 元来、血と暴力と切ないまでの愛情を描かせて右に出るもののいない筆致。こいつを、世界が揺らぐ時代、価値観がすべて壊れてゆく時代のために用いようとする作家の気構えが、ずしりと肚にこたえてくる。浮浪人が剣を手にすることのできる世。経済の覆りが見え、吉原遊郭が燃えようとするエポックの中で、風雲児とも言うべき主人公が生き様と死に様とを体験しつつ、江戸を後にするまでの物語だ。

 花村萬月であるからこそ読みたかった小説であり、これが現在も連載中の『私の庭 蝦夷地篇』に繋がるからこそ興味深い。新撰組の「し」の字も出てこないが、小説の背景では、黒船来航より大政奉還、彰義隊敗走から会津落城までが描かれている。主人公の青春は大方浅草界隈にしか展開しないのだが、世界を取り巻く時計のねじが巻かれつつある轟音は、刃の光となって町中に血を撒き散らす。

 何よりも萬月特有の擬似家族ゆえの愛情の濃さ、深さ、滅び行くものへの未練、暴力への乾いたような飢え、冷え冷えとした殺意、そうしたものが、この幕末という時代にこうも似合うものだったか、と唖然。作家が現代に描いてきた破天荒さが、この時代からこそさらに生き生きとして見えてくる不思議。

 とりわけ第一級の文章で描かれる斬撃のシーンには、ど迫力を感じる。斬り合いの凄まじさを描かせて凄みを覚える。そして侍の持つ死生観。これが萬月の常に目指している小説の方向ではないか、と、いきなり核心を切り裂く時代小説としての方向性に、あまりに鮮やかな萬月らしさが見えてきた。胸苦しいほどに続編が待ち遠しい。