ダナエ





題名:ダナエ
作者:藤原伊織
発行:文芸春秋 2007.01.15 初版
価格:\1,238




 広告畑の会社員藤原伊織は、37歳のときにノンジャンルの『ダックスフントのワープ』ですばる文学賞を受賞した。その後、彼の名を日本中に広めたのは、彼が47歳のときの江戸川乱歩賞受賞作『テロリストのパラソル』である。博打の借金1000万円を払わないと命を取られる、と追い詰められて書いた作品がこれだ。まるで現代版ドストエフスキーだった。

 著名作家の仲間入りをするまでに、受賞以来10年が経った。大衆小説の新人賞である小説すばる新人賞の受賞作家は比較的その後活躍してゆくケースが多いのだが、純文学畑の新人作家が、職業としてブンガクで食ってゆくのには、既に甘くはない時代だったということでもあった。

 ※ちなみに小説すばる新人賞出身者=花村満月、篠田節子、佐藤賢一、村山由佳、熊谷達也、荻原浩等々。

 藤原伊織はいわゆる『テロ・パラ』以来、そこそこの読者を獲得。短編集においても『雪が降る』は秀逸な作品群として、私の周辺の硬派な読書人たちからは高い評価を得ていた。長編では、『てのひらの闇』、『蚊トンボ白髭の冒険』、『シリウスへの道』など、いずれも私には愛着が残るような快作である。

 その作家が59歳にして癌で亡くなったのはこの2007年5月17日。あっという間の10年間に書き上げた長編はたったの5作。あとは中短編ばかりだが、短い間に印象的な飛翔を遂げた作家ならではの密度に約束されたどれも読み応えのある、手抜きのない作風で、きりっと締まる。

 本書はこの1月に発行された中篇であるタイトル作1作と、短編2作。闘病生活があったろう。死への覚悟があったろうと思う。人が死んでもその後に残るのが作品だとの思いもあったろう。自らの企業人としての人生を振り返っての職業への思いも、若者たちに託す夢や次の時代への希望もあっただろう。それらの心の破片が随所に埋め込まれているような本書である。

 普通であれば、このページ数であれば薄すぎて出版に値しないのかもしれないが、死が控えている作家の、もしやこれが最終作品集になってしまうのか。小説は、長さや厚さではなく、仕込まれた材料と美しい言葉によるストーリーテリングがもたらす庶民の散文であることを、改めて感じさせる、少しずしりとした重たい「白鳥の歌」である。

(2007/06/03)