まりえの客




題名:まりえの客
作者:逢坂剛
発行:講談社 1993.10.15 初版
価格:\1,400(\1,359)




 逢坂剛というのは短編の名手というイメージがある。というのは初期短編集が傑作ぞろいだったからだ。未だに短編ぎらいの人には、ぼくは逢坂剛の初期短編を薦めたい気がする。スペインを題材にしたサスペンスやアクションものも面白いし、国内を舞台にした心理サスペンスものも、それぞれ短編にしては密度が濃くって面白い作品が多い。作者得意のドンデン返しが必ずや盛り込まれていて、短編と言えども侮れないのだ。

 前長編『幻の祭典』で絶妙のクライマックスを描いて見せてくれたのだけど、短編の方は最近、現代調査研究所の岡坂神策もの一辺倒という印象があった。もっともぼくは岡坂シリーズには、作者の入れこみ度合が感じられて全幅の信頼を置いている。しかしこの本は、ひさびさの岡坂シリーズ外の短編をまとめたものとなっている。

 さて、ぼくの印象では、やはり岡坂シリーズに較べて心理サスペンス方面の作品が弱くなってきている気がする。 本書の前半 3 編は、どれも不倫を題材にしたサスペンスであると言っていいだろう。これらが、過去の短編に較べると、どうしても突っ込みが弱く感じられてならなかった。逢坂剛のひねりというのは、本来こんなものじゃない。

 後半は、ギリシアを舞台にしたコンゲーム小説一作、また作者得意のスペインもの二作へと続くのだが、特にスペインもの二作は、サスペンスというより、時間軸を感じさせる幻想フラメンコ・ギター小説とでも言った方がよいようなもの。特にスペインのジプシー音楽に造形を寄せる作者の趣味的小説で、こちらの方が、作者の入れこみ具合を感じさせはするけど、やはり初期短編群のサービス精神はなくなっているのかもしれない。

 今やスペインものの美味しいところは岡坂シリーズに纏めているのかな、といった印象がある。そんなわけでやや薄味で物足りない。大作を読んだ後のデザートとしては、下手な大量生産小説より、ぼくとしてはこういう本をお薦めしたいのだが。

(1993.11.07)