午後の磔刑 王国記V




著者:花村萬月
発行:文藝春秋 2005.01.30 初版
価格:\1,500

 芥川賞を獲得した短編『ゲルマニウムの夜』からずっと、のそのそとしたペースながらも進行している萬月ワールドの核になるサーガ『王国記』も、はや6冊目になる。『王国記 V』の副題を冠しながらなぜ5冊目ではなく6冊目であるのかというと、最初の短編集『ゲルマニウムの夜』は、勘定に入っていないからだ。その頃には『王国記』という、いわばサーガ・タイトルは、どこにも記されていない。

 『ゲルマニウムの夜』に続くサーガ第2冊目が『王国記』であり、これは中編二作が収録。以下、この作品集は中編二作を収録する形で目下のところ5冊が刊行されている。連作中編の形でサーガを継続する形でありながら、やはりしっかりとロング・ストーリーを軸に、個性的なキャラクターたちが、変化を繰り返しているので、中編一作を読む楽しみは例外的なものであって、本来これらに取り組むには、やはり順番に読むしかない。

 花村萬月のカトリック体験を活かし、現代日本に神の降臨を描こうとしているのか、はたまた神の能力を持った現世の王を作り出そうとしているのか、目論見はまだ見えない。しかし、ここまでの闇雲の展開によって壊れたり、接着してきたりしたメイン・ストーリーが、ようやく王国の存在、あるいは予感を形成し始めていることがようやく本書で感じられるようになった。

 主人公として描かれてきた朧は、サーガでの今後の王の座を、赤ん坊時代は何と「無」と名づけられていた息子・太郎へと、あけ渡そうとしているように見える。癒しや奇蹟というイエスの世界を、混沌とセックスと暴力という、いかにも萬月的世界に持ち込もうという大胆な試みであるかに見える。

 これまで多数のキャラクターの視点で、描かれていたシリーズだが、本書では教子と朧の視点での二作を収録。中でも農場を舞台にした表題作は、朧を主役にして、ひさびさに『ゲルマニウムの夜』への原点回帰。周回してきた話の軸が、ぶれや屈折を繰り返した挙句、多くの主要登場人物の死、あるいは驚くべき境遇の激変を経て、スタート地点あたりへ戻ってきたのかもしれない。

 幻想の世界観、奇怪な人間たち、それらの中でいつも擬似家族を形成してきた萬月作品のエッセンスが、濃密に、これでもかと、溢れんばかりの情念を感じさせ、高まっていることを予感させる一冊である。