幻の祭典



題名:幻の祭典
作者:逢坂剛
発行:新潮社 1993.5.25 初版
価格:\1,600(本体\1,553)

 いったい週刊誌に連載する小説というのは、あれは一気に書いたものを分納して掲載してもらうのだろうか? それともやっぱりその場その場でしのいでゆくものなのだろうか? 大抵の連載ものは、あとでハードカバーになる時に、「大幅に加筆訂正したもの」である旨最後に注意書きしてあるから、やっぱし連載というのはぶつ切りに書いたもので、だからこそ、後で一つに合わせてみた時に、どうしてもなおしたいところが生じるんだろうと思う。言わばプラモデル組み立て段階、みたいなものが連載小説には必要なんだろうなあ、と思う。特に新聞小説などでは大変なのだろうなあ、と思う。

 そんなことも読後に感じられるのがこの本なのである。これは『週刊新潮』に長いこと連載されたものに「加筆した」長編作品である。連載時期は 1991 年の秋から 1992 年の冬。テーマは、逢坂剛得意のスペイン冒険ミステリーで、ベルリン・オリンピックと同時期に開催されんとした幻のバルセロナ・オリンピックがあった、というもの。そういうわけでもちろんこれは昨年のバルセロナ五輪にタイミングを合わせて連載された、時節小説でもある。だからこそ連載の方法と時期に、ぼくはかなり関心を持って読んだ次第。

 なんとなく『カディスの赤い星』に設定が似ている。主人公たちが広告エージェントであるために企業小説じみたところからスタートし、歴史の闇に埋もれた謎を追跡し始め、現地スペインで暗闘に巻き込まれるという形式、と言えばおわかりであろうと思う。

 もちろん『カディス……』ほどの大志は見えないにしても、前長編『射影はるかな国』に較べれば、だいぶ力作であるような気がした。ドルティの死の謎やモスクワ・コミュニストたちの暗躍など、これまでの逢坂ミステリーを賑わせた題材は、この小説においても作者のスペイン現代史観ともいうべきところで通底していたりするので、面白みがある。それに登場人物たちのどの動きにもけっこう必然性が持たされているところは、彼がいかにプロットを丁寧に練りあげているかの証明でもあると思う。

 ラストの血の活劇に使われた塔についてはテレビで見たことがある高度感のある塔で、螺旋が途中で逆向きに変わってしまう階段など、印象的な謎めいた建物で、この辺りのさまざまなクライマックスが面白いだけに、一息に疾走して終わってくれない点などが逆に、失速感を感じて、読後の印象に欠損を与えるような気もした。前半から半ばまで現代史の謎以外に、殺し屋が現われるまでこれと言ったサスペンスがない点、逢坂剛の個人的なスペイン贔屓で、物語を捉える眼に曇りがあるのかなあ、などとも一部不満を言いたくなった。

 でも、かと言って、ダメではないよ。殺し屋の持つムードなどは、相変わらず逢坂節が冴えまくっていて、いいなあ。再度言いますが、総じては、かなりの力作なのですね。

(1993.06.11)
最終更新:2007年05月29日 22:47