花ならアザミ




題名:花ならアザミ
作者:志水辰夫
発行:講談社 1991.04.26 初版
価格:\1.300




 『行きずりの街』に続く長編新作。まず興味を惹くのは主人公が女性であること。それも見た目にはとても地味で真面目でおとなしい感じのこれが本当に主役なのかと思われるような若い女性。勤め先は潰れかかった古本屋。早稲田の裏通りから目白にかけての地形描写などは、またも志水独特の執拗なリアリズムによって親近感を感じさせられる。いったいどんな事件が起こるのかと疑う間に、どうやら新しく起こるできごとが問題なのではなく、状況そのものが伏魔殿であることに気づいてしまう。

 志水の作風はいつも文体の巧さで読者を強引に引っ張ってゆくものだけど、今回は割りとその辺りがおとなしく抑制されているように思われた。その代わり最近富に描かれることの多い「老女」の迫力は本篇でもまた相変わらずである。志水は何故にこのように執拗に老女を物語の中心近くに据えるのだろうか? ことさらに彼女らにリアリティを背負わせている風にも見えるし、何のたじろぎをも見せぬ、人生を熟達した上での強固な意志を代表した存在にもみえる。ともかくいつもそれは常にある確固とした権威であるように思われる。男たちはいつもそれに逆らいつつ到達できない惨めさのようなものを感じているようにもみえる。

 そしてこの作品ではついに女性が志水ワールドを動かすことに成功するし、女性的なものの中に「復讐」という主題の持つ一途さをより強く感じざるを得ない。女性こそが作者にとって一途な存在なのだろう。老女の一途さは常に鬼気迫るものだし、この作品の主人公・直子の裏側は更にこれを陵駕している。ラスト近くで物語りは急展開を見せ、これまでの謎の数々の正体があらわになる。このとき直子という瞹昧であった女性の本性がはっきりし、そこまで描かれていなかった修羅に似た状況が浮き彫りにされてゆく。

 面白さのレベルとしては『行きずりの街』と同等くらいに感じた。作品の傾向が全く違うので、飽きることもなくぐいぐい読めると思う。テンポはいいし、文体に含みが多く、登場人物の少なさ、本の厚みのなさから比したら、けっこう密度の濃い作品に仕上がっているのではないかと思う。ただし『行きずりの街』と同じく、志水初期作品に迫る力はないとしか言えない。クライマックスはそれに近いエネルギーを見せてくれるが、この程度の破壊力は作者の力量のほんの一部であると信じている。

(1991.05.23)
最終更新:2007年05月28日 22:06