滅びし者へ




題名:滅びし者へ
作者:志水辰夫
発行:集英社 1992.8.25 初版
価格:\1,400(本体\1,359)

 読み終わって以来、 半月以上寝かせた上で、やっと何となく感想が書けるかな、 という気分になってきた。遅延の最大の理由は、今度の作品が、これまでの志水作品(というぼくの側からの勝手なイメージ)から著しく逸脱したものだからである。 それでいて側面としてのあるイメージにはより則ったものであることも確かである。 逸脱した前者のイメージとはリアルな冒険小説であり、 より則った後者とは恋愛を基調とした情念のドラマのことである。

 ただディテイルに関してはこれまでの志水節を覆すほど大きな冒険はしていないと思う。 だれが読んでもこれは志水辰夫作品だし、これほどの職人技的な文章技術を駆使しての小説の創り手は、 この分野では現存していないのじゃないか?  とさえ思ってしまう。もちろんこのジャンルに切り込んでいないぼくとしては手前勝手な言い草なんだけど、 それでもシミ・タツの小説作りは職人技だと言い切れるのです。 こんなウマミ+深みのある作家が、 超能力小説のジャンルにいるわけがない。(ああ、なんて乱暴な (^^;))

 この種のディテイルと、 志水節として知られるその文体を抜きにして、ぼくは志水作品を読むことができない。 この本も同断。だから、厳しいことを言うようですが、 単細胞さんがおっしゃってるような「この小説から作者を言い当てる自信がない」というような読後感は、 まるで志水節の何たるかをこれまで全く度外視してきた単細胞さん自身の志水観の方に問題があるとしかぼくには取ることができませんです、残念ながら。

 やはり今度の志水の野望は、 ジャンルなんていう狭量なものに囚われない自らの才能でもって、 日本娯楽小説界に殴り込みをかけたろうじゃないか、 というような種類のものであるようにしか、ぼくには思えない。その作家的本質にまでぼくはとことん心酔しています。ふはは (^^;)

 それと以前『散る花もあり』で気になった会話の臭みが、 今回の場合かなり減っている。 主人公が若いせいもあってか、とてもリアルな会話が多い。 教団の年寄り連中の荒唐無稽で大時代な口調との対比が、むしろ意識的な配置を思わせてなかなかのものがあった。 個人的にはこの種の半荒唐無稽的作品は好きじゃないんだけど、 この手の娯楽物語にももっと手を染めて欲しいような気がするのは何故であろうか?(^^;)

 ちなみに主人公が奥多摩側に下った沢をおそらくぼくは沢登りで歩いたことがあります。 日本の自然と地形をとことん調べ、利用しようとする志水アクションの姿勢も、ぼくはとても買っている。

(1992.09.23)