行きずりの街




題名:行きずりの街
作者:志水辰夫
発行:新潮ミステリー倶楽部 1990.12.01 初版
価格:¥,1400




 今年最後の感想は相変わらずの志水節で締めくくろう。本年の国産冒険小説ではナンバー1を谷甲州『遥かなり神々の座』と争うであろうとの内藤陳会長下馬評付きの本書であったが、まあやはり基本的にはぼくは『遥かなり・・・』のほうが遥かに上を行っている、この『行きずりの街』にあの作品を覆す力はまずなさそう、というのが正直なところなのだ。

 まずその最大の原因はストーリーのスケールの問題である。本書で最も物足りなく思われるのは、主人公が捲き込まれる謀略そのもののスケールがまるで小さいことだろう。故に主人公が挑戦する状況はかなり切羽詰まったものであるには違いないのだが、相手が小さいということ。このへんが志水作品のいつもぶち当たる問題であり、最初の『飢えて狼』をいつまでも越えられない日本冒険小説の内蔵する問題ともいえるのではないだろうか。

 本書は本質的に『尋ねて雪か』を彷沸とさせるハードボイルド。主人公は塾講師。かつて追いやられた学園内部の陰謀が、今ふたたび過去の分かれた女房への未練と共に浮上し始める。主人公は訪れた東京を舞台に12年振りの戦いに乗り出す。はっきり言って志水の文章は最大級に巧い。この本で最も味わいたい部分は文章の巧さと言っても過言ではない。そしてそれによって表現されてゆく主人公の心理。読者はいつでも主人公にどっぷりと感情移入してしまう。それがそもそも志水節といわれる由縁なのだ。

 ラスト一気に主人公と共に命知らずの戦いに乗りだし、すべてをがらがらと崩しきってしまう様はさすがである。スケールの小ささとは別に、このあたり十分に読み応えのあるひと幕であると思う。けなすより前にやはり誉めたい、勧めたい一冊であることは間違いない。

(1990.12.31)
最終更新:2007年05月28日 21:54