禿鷹の夜


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題名:禿鷹の夜
作者:逢坂剛
発行:文藝春秋 2000.5.10 初版
価格:\1524

 逢坂剛の笑いのセンスは古臭くてぼくはどうも好きになれない。岡坂神策の歯切れの悪い冗談にも、毎度毎度調子の狂う思いをしている。できるなら冗談はほどほどにしていただきたい。親父はギャグを言ってはいけない。何を言っても親父ギャグなのだ。自分が思っているほど他人には岡坂ギャグは受けない。ただただ主人公のデリカシーのなさが浮き上がるばかりだ。ほのぼのさせるのに会話を使うのは常套手段かもしれないが、キャラクターにギャグを言わせるなら、それなりのセンスは磨いていただきたく思う。

 なのでこの作家にはできるだけスペインものや公安シリーズのように、おとなしく真面目な会社員らしく(今はもう籍を置いていないのかな)、ひたすら地道に冗談貫きで書いていて欲しいと、ぼくは常々思っている。

 『しのびよる月』にしても本書にしても、何も奇を衒ったようなキャラクターをわざわざ作って逢坂剛というブランドを貶めることもなかろうと思う。この二冊は逢坂の最も軽く、最も作家的志から遠いところにある逢坂底辺に位置する作品だとぼくはこの際言ってしまう。

 第一面白くない。リアリティがないのは作者も読者も承知の上だが、これではどう見ても漫画。もともと国内を舞台にすると一気にリアリティを失うのが逢坂作品の弱点だと常々思っていたところに、ここまでデフォルメされると、ぼくとしてはこれ以上どう対処していいのかわからなくなってしまう。

 大体においてやくざ者たちのサイドから書くこと自体、逢坂のリズムではない。逢坂ブランドを買ったつもりが、二流のノベルズ専門作家の内容だったという今回の体験はぼくにとって大変に悲しいできごとである。まさか新しい挑戦とか言ってほしくもない。やくざ組織としての欲も業も怖さもタフさも感じられず、ひたすら人情に走る喜劇ばかりが目立つ。

 主人公の悪徳刑事の存在にしても、あまりに都合のいいことばかりで、現実感の大変に希薄な存在。これはSFかっ! と投げ出したくなることも数度。『新宿鮫』のあの漫画みたいな主人公だって、周囲の事件や警察機構などを現実的な考証で固めてあるゆえに物語として成り立っているし、それなりの読者を獲得しているのだ。あれはあれでけっこうな情報小説としても読む価値があるのだ。

 それなのに一方で、真面目な公安ものを、もっと過激で過酷なスリラーとして描ける作家が、こんなスラップスティック作品を書いているのだ。ぬるま湯任侠喜劇を書いているのだ。これは、もうぼくにとってはある意味で詐欺と同じことなのである。見放したくなるほどの安易と軽薄が作品造りの根底に見え透いている。逢坂がこんなスカスカ本を書いている間に、他の同時代作家はもっと産みの苦しみを味わっているのだ。若手作家に至っては押して知るべしだ。

 ぼくは逢坂剛は、国内の第一級娯楽作家として認めてきた。それだけに今後置き去りにされてゆくような作家の道だけは歩いて欲しくない。老成するにつれ駄目な作品を連発する作家が多いという現実について、今一度作家は見つめ直すべきなんだ。

(1998.01.24)
最終更新:2007年05月28日 21:30