セラフィムの夜



題名:セラフィムの夜
作者:花村萬月
発行:小学館 1994.9.20 初版
価格:\1,500(本体\1,456)

 『笑う山崎』のあとがきで、作者が書いているのだが、ヤクザは親分-子分の擬似家族、そのうち国家レベルでの擬似家族としての右翼を作品化してみたい。しかし書き下ろしを前提にしているので、今のところ『裂』という名の 30 枚の短編しか書けていない。ぼくは最初、この作品が、その国家レベルでの擬似家族の一環かなと思ったけど、巻末を見るとこれは『週刊ポスト』の連載小説であったらしく、『裂』の構想とは違うようである。

 まあ、そういう右翼思想の朝鮮人ヤクザを初めとして、主人公の天使のような人妻、元KCIAの名無しの刺客、屈折した美大生……どれもこれも社会の裂け目が生み出したような奇怪な主人公たちである。ある意味で恐怖小説に近いような緊張感が全体に漲っているし、これまでの作者いうところの<ホームドラマ>のパターンが、ある意味で全く瓦解した孤独者たちの物語ということもできると思う。

 所属する場所を失うどころか、自分の属性すら疑惑に満ちている、奇妙な種類の不幸を背負った人たちが登場する、と言う意味では、これまでのはみだし方とはまたひどく違った、過激なはみだし方を見せてくれている長編であると思うし、それなりに評価の分かれる問題作であるとも思うし、その意味では、ここのところ振幅の小さかった萬月作品の、ひさびさの異端作であるとも言えそうである。

 ぼくは萬月の作品は、女性が出てくると、どうも母のイメージで捉えていたのだけど、今回の女性主人公はある意味で初めて、男の側の描く女性からはみ出している設定なのか。しかし、その意味では描き切れていない不足感もあるような気がしちゃうし……。ううむ。

 相変わらずの性と暴力のツインドラムが鳴り響く、ヘビイな作品であることは間違いない。こういう小説を他の作家に求めることもできない。緊張感故の一気読みも間違いない。少々哲学的な述懐がうざったくもあり、快くもある。そんな奇怪な本に出会いたい人には、オススメの問題作であると思います。

(1994.09.19)
最終更新:2007年05月27日 21:54