昭南島に蘭ありや




題名:昭南島に蘭ありや
作者:佐々木譲
発行:中央公論社 1995.8.7 初版
価格:\2,000(本体\1,942)


 戦時中、シンガポールが日本の占領下に置かれ昭南島と呼ばれていたことも知らない読者であるぼくが、初めて触れる史実・・・・という意味では非常に重いものを感じてしまった。ましてや華僑虐殺に至っては、『蝦夷地別件』と繋がる日本という国家の変わらぬ素顔を見た思いがして、重い気分になりもした。

 でもどう読んでも『蝦夷地別件』との格差を感じるのは、この歴史を小説に置き換える作業でのイージーな(船戸と較べちゃっているので少々不利かもしれないが)プロット・・・・だろうか。

 主人公が台湾人である点はまあいい。当時占領下にあった台湾の国民は日本人国籍であるから、シンガポールの趨勢を占める中国人にはなり得ないところの確執がまず物語の芯になっている。同じようにマレーの花嫁を娶ったがゆえに英国人社会から疎外された白人企業家がいて、彼は主人公の台湾人と似た設定と言っていい。

 問題なのは、白人企業家が終始自分の立場を失い、重い歴史の歯車に牛耳られてゆくのに、主人公台湾人の方は、その中途半端な立場を利用して生き延びてゆく。その過程が異常に幸運であり、異常に強力な味方がいて、これがいけない。

 ましてや主人公のクライマックスでの選択枝がどうにも理解できない。この辺り、と女性への都合のよい恋慕などを含めてこの作品、せっかくの作者の志を踏みにじる結果に終わったような気がするところ、つくづく残念であった。

 佐々木譲と言えば第ニ次大戦ものを今最も冒険小説として成功させてきている作家であり、その信頼ゆえに読者はこれらの本を手に取ってゆく。戦後派の作者がこういうものを書くからにはそれなりの下準備が大変であろうに・・・・と、またもつくづく残念がるぼくである。

 でも主人公を度外視したシンガポール占領記として読めばそれなりの価値のある本になっているので、多くの方に読んでもらいたいものだ。

(1995.08.25)