ネプチューンの迷宮





題名:ネプチューンの迷宮
作者:佐々木譲
発行:毎日新聞社 1993.8.30 初版
価格:\1,600(\1,553)


 佐々木譲という人は割合、小説の中の状況・環境・時代などを丁寧に書く人なんだけど、個性を描き分ける作家ではないのだと常々思っている。これまで楽しく読んだ彼の力作は、力作であっても人物に癖がないせいか、はたまた文章が飾らない単刀直入型であるせいか、ぼくには割りにすらりと読み流せるタイプの作家なのである。逢坂剛と言い、この佐々木譲と言い企業出身の作家らしく、わかりやすい文章を書いてくるので、遅読のぼくでもけっこうスピーディに読めてしまう。

 さて本作だけど、舞台は太平洋上の一小国。海底の零戦引き揚げの仕事を請け負った日本人ダイバー、そして謹厳実直な警察長官の動きとを交互に追いつつ、時間軸に沿って謀略が進んでゆくわずか 24 時間のストーリー。国際冒険小説という志はあるのだと思う。読み始めてすぐに思い出したのが矢作俊彦の未完の長編『コルテスの収穫』だった。この程度の面白さは期待したのだけど、ちょいと 24 時間のストーリーのわりには、冗長。雑誌連載のせいなのか、島の実情説明があまりに反復され過ぎて食傷ぎみになった。一度作者が説明したものを作中人物の会話で改めて説明してゆくシーンが頻繁。また全体のバランスがよくないように思う。この作家にしては丁寧さにかける構成なのだ。もう少しやすりをかけてから陳列すべきではなかったか?

 最後の活劇シーンはもっと丁寧に描かれるべきだったろうに、こちらの方がむしろ省略が多く、重要な人物の生死をあっさり処理している箇所など、まるで将棋の駒のような扱いに思えて、ぼくはとっても残念だった。国際冒険小説を書こうという作者の気概が、そうしたデリカシーを逆に消しちゃっている気がしてならなかった。最後の対決シーンも本来は重要であるだろうに、案外情けない敵との劇画的な会話に終わってゆくのが、小説バランスとしても軽くて、結局寂しい。これまでの丁寧な説明にそぐわないほど間が抜けているように感じてしまった。

 要するにぼくは前半であれだけ耐えたのだから、もっと豪華な大団円を期待してしまうわけである。日本冒険小説界が誇る大団円、 矢作 + 司城コンビの『ブロードウェイの戦車』程度の破壊力を、実は用意してもらいたいのである。面白くないわけじゃない、そこそこに楽しいんだけど、まだまだ佐々木譲はこんなものじゃないと思っているからだ。

 日本の小説界ではこれだけ書けばまあ優れた作家だとか認められちゃうのかもしれないけど(まあ巷のミステリに較べたら面白いことは請け合います)、海外作品でこの程度のものでは、あまり評価はされないと思う。

 佐々木譲は確かにいろいろなジャンルに挑戦する作家であり、本編もその意欲の一端であろうけれど、終章はもう少し丁寧に加筆訂正した上で世に出すべきではなかっただろうか? 6 月に連載が終わって 8 月に出版という事情からして、どうも残念である。その点、船戸を見習って欲しい。連載ものは急いで単行本化する必要などないのだ。

 1000 枚の長編であるけれど、こないだ読んだ萬月の『永遠の島』と同じ\1,600。単純に量だけで見ても、あちらの本は随分ハイ・コストだったのね。それだったらこちらを買って読んだ方がコストパフォーマンスはまだあると思うなあ。

 ぼくはやっぱり佐々木譲には、何と言っても第二次大戦三部作の最終作を期待していたりする……。

(1993.10.11)
最終更新:2007年05月27日 21:17