真夜中の遠い彼方/「新宿のありふれた夜」へ改題



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題名:真夜中の遠い彼方
作者:佐々木譲
発行:天山文庫 1992.3.5 初刷
価格:\460(本体\447)

 バンディーダ(坂東齢人、つまり現・馳星周)のオススメの上にきゃれらが絶賛書評とあっては読まずば死ねぬな、との思い故に紐解いた一冊なのだが、それほど大作ではなくって、ストーリーがわずか一晩の、舞台は新宿歌舞伎町と限定されているためか「小品」「佳品」などという言葉を一応つけ加えておきたくなる本でありました。

 この本の瞠目すべき点は、1984年の作品であるにも関わらず、現在ほぼ飽和化している<難民・流民問題>に作者が着眼しているところだと思う。日本の難民に対する姿勢は中国から逃げてきたハイジャッカーを難民としてではなく犯罪者の一人として本国へ強制送還したというあのショッキングな一例を挙げるまでもなく(あれは天安門広場大虐殺の直後だったのだぜぇ)、おおよそ国際的にも国内的にも広く知れ渡っていることだが、直されようとしないこの国の方向は、この小説が描くように、依然として庶民の心情を常に袖にしつつ、手前勝手な一握りのリッチマンたちの懐の下へしか進行することがないのだろう。

 庶民の心情。佐々木譲の良さはいつもこの辺のテーマにあると言っていい。『五稜郭残党伝』では被支配民族のアイヌたちの現状に庶民である残党たちが嘆いているが、幕府も、新撰組も、アイヌも、残党も常に狩られる側であったし、その後の太平洋戦争へとネジを巻いてゆく政治家・皇族はいつも狩る側に属していた。その後アメリカに狩られた日本の中で、狩る者たちの体質は今も残され、昨日も、そして今日も国際報道シーンを騒がせているものは、ほとんど日本という国自体のそうしたエスタブリッシュメントの未熟な体質によるところが大きいと思う。

 本作はベトナム難民の気高き少女と、ある庶民たちとの一夜の交錯劇であり、庶民たちが、追い詰められた難民少女を自分らの手で救おうというただそれだけのストレートな話である。極々個人的で純粋な人間的良心が真夜中の新宿を走り抜ける。こうした背景と主張がしっかりと一貫した作品というものは、単純なストーリーでも十分行けるということだ。しかし欲を言えば佐々木譲は、この種のテーマをもっと壮大に扱った上で、寡作でいい、輝かしき新作を書いて欲しいものである。

(1992.06.07)