ストックホルムの密使





題名:ストックホルムの密使
作者:佐々木譲
発行:新潮社 1994.10.30 初版
価格:\2,200(本体\2,136)

 『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』に続く第二次大戦三部作の完結篇。ということで作品の水準は佐々木譲の中でも極めて高い方に類するようだ。このシリーズも巻を重ねるごとに分厚くなってゆくが、キャラクターたちの関連はこの巻にも生きており、それらが最後にどのような構図を綾なしてゆくかというところに興味を持って読むというのも、一つの楽しみかもしれない。

 題材は終戦工作秘話の一つということなのだが、終戦工作自体が、各国の目論見と駆け引きによる非常にスケールの大きな題材になるためか、これまでのようなミクロ的な視点を得るのに作者は苦労しているように思う。なかなかストーリーが発進せずに、キャラを配し、歴史の時間軸をぐらりと揺り動かすのに、前二作以上に時間をかけページを費やしている印象。その意味では小説的まとまりにややかける嫌いがあるが、終戦工作の背景をきっちり書くという意味なら、それも否定しきれない気がする。

 後半に入り冒険小説的要素がいよいよ佳境を極めてゆくのだが、このあたりも前二作ほどののめりこみはないように感じる。前作までは主人公たちが非常に目的意識を高く据えていた上に目的が困難であった。しかしこの作品では主人公が自由人であり巻き込まれ型である上に目的はいかにも容易そうに見える(結果はとんでもないことになってゆくのだが)。そんな物語のスタイル自体がこれまでと違い、なぜか淡々たる戦争小説に似たものにさせているような印象がある。

 もちろんこの小説も最後まで行き着いたときには、それなりの何かがないでもない。最後に見えてくる三作品のキャラクターたちの交錯は佐々木譲ならではの面白味があり、また現実との近さがこのシリーズにほんものの価値を与えているような気がする。

 参考までに見たり読んでおいたりしておくとよろしい作品(とぼくが推薦するもの)を挙げておくと、映画では、陸軍のクーデター未遂と終戦工作を描いた『日本の一番長い日』(岡本喜八監督)、戦後処理の中で明らかにされた戦争の真実とGHQの思惑『東京裁判』。小説では、ポツダム宣言受諾までの駆け引きを緊迫感溢れる文体で抱いた加賀乙彦『錨のない船』、終戦クーデーターに向ける若き兵士を描いた加賀乙彦『帰らざる夏』、日本が傾く中での多くの犠牲と謀略の数々を非情なまでに描きぬいた五味川純平『戦争と人間』、 ノンフィクションでは早乙女勝元『東京大空襲』など……です。

(1994.11.18)
最終更新:2007年05月27日 20:53