黒頭巾旋風録




題名:黒頭巾旋風録
作者:佐々木譲
発行:新潮社 2002.8.20 初版
価格:\1,700

 北海道人である限り北海道そのものへの興味を誰でもいくばくか持っているのだと思う。わずか1世紀ちょっと前まで蝦夷と呼ばれていた真新しい大地であり、今も地名その他でアイヌ文化が残るため、いやでも日本(倭人)の異民族迫害の歴史に目を向けざるを得ない土地。ぼく自身、書棚には多くのアイヌの本、北海道の自然の本があって、手に取ることも多い。購読している北海道新聞には民俗学的な読み物はもとより、今でも少数民族からの抗議の声が届くことが多い。

 そうした土壌に美味い水や食材を得て、風土の美しさに目を奪われて生きている人であれば、ましてや佐々木譲のように作家であれば、どこかで北海道という意識に目を背けることができず、何度もここに回帰してくるのがわかる。もちろん佐々木譲は冒険小説作家であるし、『エトロフ発緊急電』以来、本当に北海道の地理や歴史を材にしてエンターテインメント作品を沢山書いてきた人である。

 誰が読んでも読みやすい平易な文章書きである佐々木譲が、娯楽小説という土壌の上で、何度も何度も北海道の歴史を書いてきたこと、常に弱者の側に立ち、常にアンチ松前藩のスタンスで書いてきたこと。その一つの延長上のまた一つ積み重ねられた娯楽の秀作が本書である。風土と歴史への興味、そして反骨精神は作家のある意味必要条件ではないだろうか。

 とりわけ反骨精神というのはいつも時代劇の低通音である。支配者たちが庶民を苦しめ束縛していたからこそ、庶民の味方がヒーローであり続ける。そして痛快に権力をやっつけてめでたしめでたしが、『水戸黄門』であり『必殺シリーズ』なのだと思う。

 そのヒーローの一人が黒頭巾。黒頭巾と言えばぼくの世代であれば、高校時代に流行った庄司薫『さよなら怪傑黒頭巾』でしか頭にない時代劇ヒーロー。TVドラマで確か『紫頭巾』というのはあったし、自分の中では『鞍馬天狗』や『白馬童子』や『隠密剣士』はあまり区別がつかない同じような時代劇ヒーロー、子ども向け版であった。いずれにせよ黒頭巾が来るぞという北海道での言い伝えというようなものは知らなかったし、間宮林蔵を調べているうちに具体的な歴史的事実として黒頭巾が存在したらしいことを発見したという本書の序文には目が覚めるものがあった。

 いつも一握りのドキュメンタリーをきっかけにロマンの翼を広げ北海道の大地に羽ばたこうとするのが佐々木譲の小説作法らしく、ぼくはこうした序文とエピローグでの決着のつけ方が何故かいつも好きだ。本書もその例に違わぬ権力の闘いを通じて、現在のアイヌ民族の闘いへのエールを送る黒頭巾が本書であると思う。平易でわかりやすい庶民のものとしての娯楽小説の力……ということだと良心的にぼくは捉えたい。

(2002.11.17)
最終更新:2007年05月27日 20:37