うたう警官/「笑う警官」へ改題



題名:うたう警官
作者:佐々木 譲
発行:角川春樹事務所 2004.12.18 初版 2006.1.18 6版
価格:\1,800

 佐々木譲の小説には何かがある。ぼくは常にそう感じている。冒険小説や時代小説を通じて、文明批判、権力への反骨といったものは、比較的見えやすいところに浮上している。理不尽な歴史に対する怒りの力としての個人といった対立構造もきちんと描き分かれており、比較的わかりやすい作品が多いように思う。

 だが、それだけではない。理屈で測りとおせぬものが佐々木譲の作品にはいつも必ず仕込まれてあるのだ。古くは『ベルリン飛行指令』で大陸を横断しようとしたゼロ戦のパイロット。日米ハーフという内在する矛盾を、国境を奪い合う戦争に対して通列な皮肉として突きつけながらも、佐々木譲の作品にはそれだけでは収まらない、もっと自由で夢溢れる童心のようなものへの志向性が強く感じられるのだった。純情によって内燃し、迸りって止まない、存在自体の激情のようなもの。

 だから蝦夷に展開する幕軍の残党たちも、奥州で義経の子を守ろうとする女騎馬武者も、悲劇は悲劇として受け止めながら、独自に生きる明るさ、漲る夢の力で自らを満たしているかに見える。それが佐々木譲の世界にあって、他の作家にはなかなか見出すことのできない部分だ。スポーツを見るときの本能的に内から滲み出てくるような馬力、とでもいった魅力なのではなかろうか。

 さて、本書、道警の汚職に関しては、道民作家としては是非ともこだわっておきたいところだろう。それゆえに本書は、何より真っ向勝負である。道警の闇の怖さはホンモノであったが、そのシステムに叛旗を翻す一介の警察官魂が本当に存在するものかどうかは、作者の望みであり、ぼくら読者が追い縋りたい最後の希望なのである。組織が腐っても、個人の警察官魂は腐りはしない。そう叫びたいがために、一握りの警察官たちがこの物語の中では、一世一代の賭けに出る。

 反骨の捜査官たちと、デッドリミット的状況、おまけに仲間うちに紛れ込んだスパイ……読み始めた瞬間から止まらないレールに読者は乗せられ、作品は疾走する。佐々木譲としては珍しい警察捜査小説であるが、主人公らは、ベルリンへ飛んだ二世飛行士、五稜郭の残党たち、女騎馬武者らの魂をやっぱり汲んでいる。どこをどう切り取っても変わるところのない佐々木譲なのである。

 『制服捜査』は道警の組織改変に端を発した田舎交番勤務の警察官を主人公にした珠玉の短編集である。こちらはスリル満点のスピーディな大捜査小説である。佐々木譲は、瞬く間に警察小説の円熟の書き手の境地に到達していたのだ。

(2006/07/17)
最終更新:2007年05月27日 20:20