ドライビング・レッスン




題名:ドライビング・レッスン
原題:Driving Lessons (2000)
作者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:永井 淳
発行:ヴィレッジブックス 2002.01.20 初版
価格:\500



 オットー・ペンズラー・ブックスの売りの一つである巨匠によるノヴェラというものらしい。軽い書き下ろしなのだが、もともとは朗読向けのオーディオ・ブックスとして出版されたものを、ペンズラー氏(大物ミステリー・プロデューサーなんだそうです)が依頼し、本にしたもの。

 オーディオ向け作品というと、軽い、短い、というのは基本になるのかもしれないけれど、それ以上に、文章力のある作家の手になる完成度の高い作品でなければいけない。これは矢作俊彦の「マンハッタン・オプ」シリーズでインプットされた観念なのかもしれない。件のシリーズはFMラジオ向けに書かれたもので、一作一作は活字にすると非常に短いものだが、それこそジャズィな音楽が似合いそうな、音声にして読んでいただきたいようなそういうメロディアスな(?)作品集である。

 まず言葉が音として美しくなければならない。情景を的確に思い描くことができる文章でなければならない。会話はキーになるだろう。バックに何らかの音楽が似合うような作品。そうしたことが思い浮かぶ。書き手にとってそうたやすい作業ではないだろう。職人マクベインには楽しい仕事であったに違いない。それらのすべてを満たしているからだ。

 ページにして140ページ弱。一時間で読み終えるほどの、大きな活字、短い文章。読みやすい文体(翻訳も)。時にはチェロが、ときにはチェンバロが似合いそうな美しい秋の郊外。

 起こるのは、一つの事件。男と女の愛情の擦れちがい。奇妙な夫婦の裏側にひそむ真実。女刑事の抱える離婚問題。わずかなページのなかで、描かれたものは、結果的には大したことのなかったトリックなぞではなく、男と女の愛憎ドラマであったかもしれない。復讐劇であったかもしれない。ため息の出るほど美しい秋。色ガラスのような落葉が舞い散る風景。リリシズム溢れる田舎町の世界。人間のいろいろな形での罪が詰め込まれた一冊。

 ちなみにノヴェラというのは短い散文物語で、通常教訓を含んだ風刺的なもののことを言うらしい。質量的に短編と言えるほどのものなので、あっという間に読み終わる。敢えてこれだけで一冊の本になっているのはコスト的には合わないような気がするし、だからこそ贅沢過ぎるという気もする。時間のない方、もしくはマクベインにこだわりのある(ぼくのような)方にオススメ、といったところかも。

(2003.03.03)
最終更新:2007年05月27日 17:39