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ダウンタウン


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題名:ダウンタウン
原題:DOWNTOWN
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:羽田詩津子
発行:早川書房 1990年10月 初版
価格:2000

 クリスマスにぜひ読んで欲しいマクベインの取っておきの冒険譚。数年前に村上春樹が『ノルウェイの森』を出して以来、なんとなくクリスマスに装丁の奇麗な本をプレゼントするなんて気のきいた風習が流行り始めたみたいだけれども、この本もそれらしき狙いを窺わせる、和田誠の手によるメルヘンチックなカバーを身に纏っている。ぼくはこういう策略には手もなく乗ってしまってかまわないと思っている。ストーリーは、クリスマス・イブの夜に始まる三十数時間の物語。舞台はもちろんニューヨーク。物語中に溢れる赤と緑の色彩。これはまさにクリスマスに楽しみたい本なのだ。

 主人公はフロリダから仕事でぶらりとやってきたオレンジ栽培業者。彼がとあることから殺人事件に捲き込まれ、全警察から指名手配を受けつつも、チャイナ・ガールの協力を得て、真相を探り出すというサスペンス&アクションに、ファンタジーの舌触りと苦い現実のペッパーを効かせて奇麗に仕上げてみせた、これは超一級の料理なのだ。

 ファンタジーの舌触りは読者には大変心地好く、村上春樹のファンタジックなユーモア世界を彷沸とさせてくれる。翻訳ものでありながら、これほど味わい深い文章・快適なテンポというのもあるのだということに、改めて驚かされてしまうのだ。そしてマクベインならではのとりとめのない洒脱な会話がこのリズムに拍車をかけてくれる。

 そして問題はこの物語の裏ストーリーともいえる現実世界の極辛ペッパー。それは案の定ベトナムなのだ。ひっきりなしにこの物語はベトナムの描写にすり変わる。夢見心地のニューヨークの夜に突然アジアの森が現われる。主人公はベトナム後遺症を抱いていて、何とこの本はこの精神的な地獄を克服しようとする彼の凄じい戦いの書でもあるのだ。マクベインは単なるファンタジー作家ではないし、トリックの新ネタ案出家でもない。彼の物語はいつも何処かで一方の地獄と対峙している。

 そして全体を小気味のいいリズムと美しい色彩感覚という柔らかなオブラートで包んでいる。ぼくはストーリーもさながら、文章を味わう楽しさで、1頁1頁をごくごく幸せな気分で読み進めた。小説の巧さという点では、大変な手腕があると思うし、この本でははそれが遺憾なく発揮されてていると思う。村上春樹を引き合いに出したのは、ぼくが小説と向き合って抽出する楽しみの種類がそういう点で似通っているためだ。

 87分署以外のマクベインを読むのは初めてなのだが、シリーズから離れてとても自由なムードが溢れている気がする。あくまでもおとなのメルヘンといっていいだろう。

(1990.12.21)