午前三時のルースター




作者:垣根涼介
発行:文藝春秋 2000.04.30 初版
価格:\1,524

 こうして『ワイルド・ソウル』の作者のデビュー作を読んでみると、垣根涼介の原風景というものがそこに最初から画然とあるということがわかる。最初の作品は、これだという傑作を先に読んでいる身には、あくまでも振り返りの意味しか持たず、傑作を超えるという期待も結果も伴うことがないとわかってはいるのだが、そこに磨かれぬ前の原石としてのかたちを見出したいと思う気持ちも、読者側には生まれたりする。出くわした傑作が、そこまでの追跡を求めて来るほどに刺激的で、惹くものを持っている場合には。

 そうしてこの原石であった時代の作品に触れる場合、たいていはなるほどなと思われる了解事項が多い。この本も同断である。『ワイルド・ソウル』の原風景は、この本では南米アマゾン流域ではなく、ヴェトナムであるわけだが、単作ではうかがい知れない、作者の脱日本志向は、複数作品に触れることで初めて感じ取ることができる。

 海外志向、あるいは第三世界志向とも書かず、脱日本志向と表現したくなるものがこの作者には感じられる。船戸与一の求めていた紛争地域における、原住民族対西欧民族という図式の上に立ち現われる夢と闘いのドラマではなく、もっとピュアな、日本的な日常から脱け出すカタルシスのようなものがこの垣根涼介にはあるのだろうと思う。船戸のように国を問わず、人間の冒険心を煽り立て、狩猟民族の感性に同期してゆくのではなく、もっと青臭い新天地へのフロンティア精神のような、芽吹きつつある何かが、垣根涼一のテーマであり、そこから拡がる試練と時間経過といったものに対する不思議を求めるところに、彼の実に個性豊かなハードボイルドは生まれているという気がする。

 政治的な自分史に拠り所を持つ船戸と比べると、より若手作家らしき立場で同じ第三世界、第四世界に目を向ける垣根涼介の立場は、読者としての選択肢という視点から言えばとても嬉しい。大学探検部と旅行会社勤務と、異なる立場から日本を脱け出し、違ったものを把握して、色合いの異なる物語を紡ぎ出す。だが、どうしてどうして物語の骨太さは、日本のちんまりしたスケールを最初から越えている。

 本書ではまだまだ若き感性に甘えた書きっぷりが目立つところのある作者だが、魅力と言うべきところは既に随所に見出すことができる。人間たちの個性。冒険心。そして色気。そうしたものが会話の諸所に生まれ、きらりと光って見える。遡って読む若書きの本にしか見出せない読者側の喜びというものを、じんと感じることができた一冊である。