稲妻



題名:稲妻
原題:Lightning (1984)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ・ミステリ 1986.02.28 初版

 女性への暴行傷害と殺人が、街を一息にモノクロに染めてしまう。季節は『カリプソ』と似た時期だが、あの年の秋ほど雨ばかり降っているわけではない。でもやはり秋雨前線がアイソラの上空を通過するという点で似たような頃の空模様なのだ、きっと。前作でも登場した囮捜査官アイリーン・バークが最も過酷な雨の一日を迎える。

 殺しは非常に風変わりなかたちで刑事たちの眼を射る。街頭にロープで吊るされた、いくつもの女の死体。それぞれの犯行の描写がきわめつけで、虎視眈眈と獲物を狙うようすは読者に嫌悪をもよわせるし、サスペンスをいやがおうでも盛り立てる。

 クリングや、ホースの新しいガールフレンドである二人の女刑事がこの本の主役だ。ホースは女刑事に『フレンチ・コネクション』の話を始める。ポパイと呼ばれたジーン・ハックマン扮するところのドイル刑事が麻薬漬けにされるシーンを語りつつ、実際にキャレラがそんな目に合わされた話(『人形とキャレラ』)をして聞かせる。

 そういえばこの本には『スターウォーズ』の話だって出てくるし、テレビ・ドラマ『ヒル・ストリート・ブルース』も出てくる。83分署の個性派刑事オリー・ウィークスは、『ヒル・ストリート・ブルース』に登場する刑事の名前が自分らに似ていると文句をたらす。

 キャレラとウィークスとの噛み合わぬやり取りが、はた目には楽しい。妙に鈍感なウィークスを、もうぼくは憎めなくなってきている。誰がなんといおうと、その刑事として抜きんでたピカ一の才能で事件解決に一役買ってゆくところが凄い。ホースはあいかわらずご夫人たちに手が早く、ジェネロはあいかわらず死体ばっかり発見している。

 そして全編に響きわたるデフ・マンの影。思わずにやりと笑みを浮かべてしまう自分に気づく。<87分署>ファンならこたえられない、サービス過剰とも言える一冊!

(1990.11.18)
最終更新:2007年05月27日 14:47