熱波


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題名:熱波
原題:Heat (1981)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1990. 10 初刷
価格:\560

 またも秀作である。ここのところキャレラひとりが全面的に事件に取り組んでいて、その聞き込みに終始している。地道な捜査のようすは、古いハードボイルドのようでもある。本篇で扱われる事件も、一見自殺と見えるがどうやら他殺臭い、というお定まりの古典的なものであり、これだけでは大した小説になりやしない。だからたいていの場合はキャレラを地道な捜査に携わらせるわけだ。その周囲で、脇役刑事たち・犯人たち・証言者たちといった群像が多様な光と影とを演出する。これは<87分署>のもうほとんど独自の読ませどころとなっている。

 そして本書を否応なく盛りたててゆくのが、ひさびさバートラム・クリング刑事である。数年にわたって、おだやかな幸福と一瞬の地獄とを繰り返し味わってきたこの若き刑事が(もういい加減歳を取っているはずなんだが、それでもまだまだ刑事部屋では若手である)、ふたたび地獄を見る番だ。彼をつけねらう犯罪者の影がサスペンスフルにクリングの周囲に緊張状態をばらまいて歩く。

 先に行なわれた来日パーティで、エド・マクベインは、刑事よりも犯罪者を描くほうが楽しいと言っていた。その感覚は作品中にも常々現われているが、今回は刑務所上がりの犯罪者が凶行に駆り立てられてゆく心理描写に重心が置かれているようである。

 また、マクベインはパーティの合間を縫っていくつものジョークを披露してみせたが、本書ではサム・グロスマンとキャレラとの電話でのやり取りの中でこの手のジョークが盛り込まれていることに気づく。グロスマンの妙な味わいはマクベイン自身のものだったのだ。

 最後に巻末にある都築道夫の解説へのクレーム。どうも我田引水の部分が多く見られ、言っていることもポイントを外れているようだ。マクベインの意図を全く無視しているとしかいいようのないこのような解説が、せっかくの来日記念版、文庫化新刷という大切な本にぶら下がっているのは、つくづく残念なことだ。このシリーズが解説者の言うようにひと工夫された本格推理小説と捉えられてしまうのならもうそれまでだ。しかし、このシリーズの芯は、断じて言うが、街と刑事たちのヒューマンでリアルな活写である。少なくともぼくの心はそういう部分に響いてきたのだ。

(1990.11.07)