血の絆



題名:血の絆
原題:Blood Relatives (1974)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1988.06.15 1刷
価格:\420

シリーズ三十作で、ちょうど二十年目という節目に当たる作品だ。奇しくもシリーズ開始の年にこの世に誕生したぼくは、本作発表の年には浪人後、大学入学を果たしている。二十年というときはいろいろなものを変える。赤ん坊は成人式を迎えてしまう。そういう意味はたいしたシリーズである。ちなみに本シリーズは現在三十四年目にして四十作目に当たる『ララバイ』を刊行。これはマクベイン来日記念出版である。来日まであと一週間。シリーズをそれまでに読み終えるというプランは、どうやら脆くも潰えようとしている。

前々作『われらがボス』が冬、前作『糧(かて)』が同年夏、本書は同年九月という設定である。これらの作品は一年毎に刊行されているので、実際には三年年が経過しているのだが、作品世界はその動きを緩慢に澱ませて時の進行を遅らせている。キャレラたちが歳を取り定年になってしまわないためにどこかで調整しなくてはならない手続きのひとつであるのかもしれない。しかし不思議なことに、アイソラの街を取り巻く時代の香りは現実に則したものなのだ。キャレラたちが一年をゆっくり過ごしている間に、街だけが三年という時間をしっかりと刻みこまれて存在している。

本書で扱われる事件は、初めから大体あらすじが読める種類のものではあるが、いくつかのストーリー上の障壁が作品にめりはりをつけているために非常にシビアに仕上がっている。読後感は<87分署>中、最悪と言えるかもしれない。それは作品全体というよりも、事件そのものを覆う絶望的なまでの陰湿な色あいのせいだ。刑事たちもこの事件では大した活躍が望めなかった。事件の解決は、完全に犯人の手にゆだねられている。キャレラはこの本では狂言回しでしかない。都会的な物語というわけでもない。夜の闇に閉ざされたほんの一角だけの都会。異色作というやつである。

(1990.10.23)
最終更新:2007年05月27日 14:32