われらがボス



題名:われらがボス
原題:Hail to the Chief (1973)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1976.05.31 1刷
価格:\400

 これは<87分署>版『カラーズ』の物語である。ストリート・ギャングが街をひっくり返して全面戦争に突入する。警察がこれを追う。冒頭に六つの死体。乳飲み子の死体まで混じっている。キャレラとクリングは眼を背ける。現代アメリカの最も病的な場所への第一歩。

 構成が若干変わっている。まず犯人の一人(主犯?)と思われる人物がのっけから逮捕される。取り調べに応じて、ナスシズムの気のある脳天気なキッドは告白を始める。本書の肝心な部分はほとんどがこの供述書で成り立っている。供述書と、キャレラたちの過去に遡った動きとが、交互に展開される。マクベインはあいかわらずシリーズのマンネリ化を嫌って、風変わりな構成を選んでゆく。思わず喝采したくなる。

 ストリート・ギャングの抗争のシーンについては、それが淡々と描写されてゆくだけに、逆にリアルなものに感じられるが、全編に社会批評的な匂いも漂う。そういえばマイヤー・マイヤーは若い女性を対象としたレイプ防止講演会の講師として出かけている。講演の内容については、日本では考えられないくらい恐ろしくて、よく煮詰められていて、これだけでも読み応えがあるくらいだ。

 このシリーズは、初めから血の匂いに満ち満ちてはいたが、時代の進行にともなって(主にベトナムのせいだろうが)、血の匂いだけでは済まないアメリカの退廃を負うようになってきている。国を挙げてのベトナム後遺症みたいなものだ。いかに主役刑事たちがあまり歳を取らないからといっても、アイソラの街までが現実からふわりと浮遊していうわけにはゆかないのだろう。

(1990.10.20)
最終更新:2007年05月27日 14:29