愛と悔恨のカーニバル




作者:打海文三
発行:徳間書店 2003.03.31 初版
価格:\1700

 大薮賞を受賞した『ハルビン・カフェ』が話題になっている作家・打海文三を初めて手にとる。怪テンポでいきなりテンションの上がる物語にいろいろと面食らう。まずこれがシリーズであるらしきこと。初物なのにいきなり最新作に食らいついてしまったということ。さまざまな探偵たちがどうやらシリーズ・レギュラーらしい扱い方をされているので不思議に思った。この作品を全く独立した作品としてなにげなく手に取ったぼくのような読者にとって、いろいろなものが唐突過ぎるのだ。

だが唐突さは、シリーズだからということだけでもなさそうだ。唐突さが怪テンポを呼んでいる。妙に行間を匂わせる形での、簡潔な章立てが続く。最初は本当に面食らった。だが、活劇の多さ、そのテンポの速さに乗せられて、いつの間にかページを繰る手が加速して行った。動と静のリズム。およそあり得ない無国籍アクション。およそあり得ない殺人者だらけの世界。およそあり得ない海外小説風のセリフまわし。それらおよそあり得ない動の部分を、静謐な波立たぬ水面のような静の部分が抑える。そしておよそどこにでもあるような日常の現実世界との間の川を渡す艀のような時間。

独自でタフで押しの強い母性とさまよえる若き魂との出逢いが、珍しい文体で書かれた文庫本をめぐって絡み合う、時の流れの澱みとも言うべき部分。あるいは筆舌に尽くしがたい暴力を目の前にしながら長いことプラトニックにも似たキスを続け破滅してゆく女たち。限りなく異常で悪夢的な静謐がそこかしこの空虚を埋める。

およそあり得ない動と静とでもたらされた世界が凄まじい毒を撒き散らかしているために、作品は多くの読者を寄せつけない粗雑さとも見えるし、闇に生きる魍魎たちの世界を描いて孤高、深遠を覗きこむディープ・ノワールであるようにも見える。おそらくその両方であろう。多面性の魅力。欠陥。

1948年生まれ。若い作者とはとても言えない。この荒れ狂った世界を書く作者とはどういう人なのか、興味がある。非常に孤立した世界であると思う。とにかく作品作りにこだわるあげく、破綻ぎりぎりのところで書いてゆくタイプの作家であるのかもしれない。小説的冒険心と粗雑さの狭い国境を辿るような刹那の作風。それが非常に鋭利な刃物のきらめきを見せて、魅力的であった。

遡ってシリーズを読んでみたくなった。
最終更新:2007年01月13日 03:06