サディーが死んだとき



題名:サディーが死んだとき
原題:Sadie When She Dies (1972)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1980.05.15 1刷

 タイトルを見たときには、ちょいと頭がいかれていて毎日のように87分署を訪れる老婆のサディーが死んだのかと思った。ところがそうではなかった。確かに老婆のサディーは、過去にこのシリーズに登場したことがあるのだが、あれはやはり単に途上の人物だったのだろう。しかし、それにしたって本書の事件はサディーの死で始まるものでもなかった。死んだのは弁護士の妻サラーだ。それなのに、何故『サディーが死んだとき』なのだろうか。そんな疑問からすべてが始まる。

 犯人は証拠と自供とともに早くも捕らえられ、そこに差し迫った事件の匂いはない。作品も中だるみ傾向に向かってゆき、合間には詩的で情緒豊かなアイソラの街の描写がいつもより多めに挟まれる。アクションを期待する読者なら途中で投げ出したくなるような展開だが、キャレラは直感による執念の捜査を続けてゆく。何かが間違っている。

 この本は最後まで読んだ人しか味わうことのできない悲しいラスト・シーンが用意されている。真の犯人の歪んだ悲しき愛憎が悲しい。自ら死を選んでゆく麻薬中毒者の若き半生が悲しい。クリスマス・ツリーのデコレーションがきらびやかであるほどにキャレラの心中がましてや悲しい。この本はシリーズ中、最もハードボイルドな香りに満ちた終わりかたをしてゆく。

 このシリーズがペーパーバックだとしても、その読後感は、ときに読む者の心に迫り、心を抉る。こうなると本というのは小説の筆力だけで成功が決まるものでははないという気がしてくる。きっともっと大切なものがあるのだろう。それはきっと作者の人間のなかにある問題なのだ。

(1990.10.14)