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はめ絵



題名:はめ絵
原題:Jigsaw (1970)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1980.04.30 1刷

 本シリーズもやっとこれで2ダースを読破。しかしまだ1ダース以上を残している。ぼくと<87分署>は生まれた年が一緒で、本作出版当時、ぼくはまだ十四歳。この本でさえ二重年も前の物語なのだ。1970年。ビートルズは既に解散。ベトナムに戦火は燃え盛り、ぼくはあのころ映画やロックに夢中になり始めていた。心のなかはまだ幼くて、躰ばかりがぐんぐんと大きくなっていった大人への過渡期。そんな風にぼくがまだ中途半端であった時代、マクベインはいち早く壮年期に達したシリーズを世に出しえいた。そしてこの本にぼくが出くわすのはさらに二十年も後のこと……。

 本書では、今まで脇役に徹していたアーサー・ブラウン刑事が活躍。その名のとおり皮肉にも彼は黒人だし、黒人だからこそ彼が必要とされるストーリーもあるということだ。そしてこの本のストーリーは、南部出身の若い魅力的な女性がキーとなるだけにまさに彼を必要としたらしい。黒人であるすべての宿命を一身に負って、ブラウンは東奔西走するのだが、考えてみればケネディの公民権運動の炎がまだまだ沸騰していた時代であったということだ。少なくともこの本が書かれたこの時代には。

 無論今でも映画『ミシシッピ・バーニング』のようなドラマはアメリカに底なしに存在するだろうし、この命題にダイレクトに挑んで一世を風靡した『手錠のままの脱獄』『夜の大捜査線』だってまだまだ黴が生えてしまったわけではあるまい。しかしこの物語。1970年当時、アーサー・ブラウンはやはりシドニー・ポワチエみたいな役柄を引き受けるしかなかったに違いない。エディ・マーフィはまだどこのスクリーンにも出現していない時代だ。

 軸となるのは六年前の銀行強盗事件。犯人は逃走中に全員射殺されたが盗まれた金が未だに発見されていない。金のありかを示した写真は数枚に切り分けられ、何人かの手にばらまかれていた。タイトル通り、刑事たちははめ絵パズルをやらされることになるというストーリーである。

 こうして書くと、この本はミステリーというジャンルに所属するのかもしれない。おまけにミステリ文庫に収められてもいる。しかし最後にブラウンが娘にこんな泥臭いセリフを吐くシーンで、物語は幕を閉じる。

 「いや、ミステリーはあまり好きじゃないよ」

 シリーズの本質を語る短い言葉だ。

(1990.09.06)