斧(おの)


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題名:斧(おの)
原題:Ax (1964)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:高橋泰邦
発行:ハヤカワ文庫HM 1979.11.15 1刷

 斧での殺人というのはどうもいやだ。生理的にいやだ。日本ではこれが斧ではなく鉈となる。ぼくがまだ小学校の低学年だったころ、同じ学校の隣のクラスの生徒が小学校のグランドで異常者に追い回され鉈で三度後頭部を切られた。軌跡的に命をとりとめたその友人とは、中学に入ってから、おたがい転校先で知り合うという出会いをしたのだった。事件のあったのは、ぼくが転校してすぐのことで、ニュースになったときに両親が騒いでいたから知っていた。まさかそのときに鉈で殴られた子と、あとになって中学で知り合うなんてぼくは思ってもいなかった。

 その友だちは左半身が少し麻痺している代わりに右手の力が異常に強く、喉には気管切開の縫い痕があって、たまに癲癇を起こることがあった。表情もどことなくぼんやりしていて、大柄で、粗暴で、よく人とぶつかっていた。ほんとうは良家の坊っちゃんで運動神経もよかったのだそうだが、鉈というのは、神経繊維を何本も一気に切断してしまうだけの恐るべき殺傷力を持っている。西洋ではこれは鉈ではなく、斧である。鉈も斧も、想像しただけでそういう記憶がどっと蘇るくらいに、ぼくはとてもいやな気持ちになる。薪を割っているときは至極平穏な道具なのに、これが人間に向かった途端にとんでもなく残酷なものになる。

 そしてその「斧」そのものがタイトルになった本書を手に取る。これまでに<87分署>に登場した死体の無残さから類推しても、斧そのものが凶器になるのだろうという予測は立っていたのだが、その予測が全然裏切られないのが本書。最初から斧による殺人死体の惨憺たる様子が描かれてゆく。そして斧にまつわる狂気が(だって人間に斧を振るうのは何かしら狂ってしまった者だろう、きっと)物語のそこここに顔を出し始める。

 そして殺人そのものにこれほどまでに狂気ということを強く意識させるものは、道具が斧であるためである。プロの殺人者は拳銃でズドンさ、斧などは使わないよ、と作中で密告屋のダニー・ギムプが言う。凶器をが違うだけで、殺人事件はその様相をがらりと変えてしまうのだな。そんなことを思わせる恐怖の一冊なのである。

(1990.07.06)