10プラス1



題名:10プラス1
原題:Ten Plus One (1963)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:久良岐基一
発行:ハヤカワ文庫HM 1979.11.15 1刷

 ちょっとひさびさの<87分署>。本書はジャン・ルイ・トランティニヤン主演で映画化された作品である。映画のタイトルは『刑事キャレラ 10+1の追撃』であった。ぼくはTVで何度かこれを見たはずだが、その古い記憶はほとんどが今は剥離している。好きな女優のドミニク・サンダが出ていたことさえうろ覚えだ。

 その頃は<87分署>のことは全然知らなかったし、トランティニヤンは『Z』『離愁』『狼は天使の匂い』『殺しが静かにやってくる』などの名作にばかり出ている俳優なので、けっこう好きだった。ドミニク・サンダはツルゲーネフの『初恋』を、まさに主人公の少年と同じ年齢で観てしまったぼくにとり、真実憧れという文字に値するおとなの女であった。つまりこの『10プラス1』を本で読んでいないぼくにとっては、その映画はそれはそれで楽しめた映画であっただろうということである。そして映画的記憶として残ったのは、単純に狙撃犯を追う刑事たちの物語であったということだけだった。記憶というものは、得てしてひどい単純化を行なってしまう。

 かくして歳月は過ぎ、ぼくは映画の原作である本書を手に取った。そしてやはり映画とはとても遠い位置にある作品であることを実感したのである。この本は、やはりこれまで読み継いできたシリーズの連鎖のなかの一環であり、独立したトランティニヤンのキャレラは、作品のどこを捜してもいなかった。

 狙撃。それも無差別の(あるいは無差別に見える)狙撃を扱った物語としてはドン。シーゲルの『ダーティ・ハリー』が第一に思い起こされる。そしてこの作品も、最初はほとんど『ダーティ・ハリー』のように幕を開ける。一見無関連に思われる複数の狙撃に、刑事たちの聞き込みが徐々に意味を与えてゆくという本書のストーリーはなかなかのものである。ラストが意外に呆気ない。しかし、シリーズ読者でなくても、これ一冊を独立して読んだとしても、それはそれでけっこう楽しめるはずである。映画化になったのもそのあたりが一番の理由なのだろう。

(1990.07.02)