クレアが死んでいる



題名:クレアが死んでいる
原題:Lady,Lady,I Did It! (1961)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:加島祥造
発行:ハヤカワ文庫HM 1978.09.15 1刷

 この本の後書きによると、作者のマクベインはシリーズ第四作『麻薬密売人』において刑事スティーブ・キャレラを殺そうとしたらしい。ところが出版社のほうがこれにクレームをつけ、ヒーローのキャレラを殺さないようにということになった。マクベインにとっては当初キャレラは主役ではなかったという内幕話である。しかしヒーローが死ななくても、けっこう重要な役どころを当てがわれていた周辺キャラクターは、本作のようにあまりにもあっさりと殺されてしまう。

 一見レギュラー・メンバーになったかのように見える刑事たちにしたって、これまでに何人かがいともたやすく死んでしまった。つまり本作での現時点でのレギュラー・メンバーもこの先どのような悲惨な目に遭遇することになるのか全然予断を許さないということなのだ。だからこの作品でマイヤー・マイヤー刑事が暴漢に襲われ血まみれになるシーンでは、もしや彼までが? とこちらは不安に苛まれることになる。

 シリーズものの最大の魅力というのは、シリーズが長く書き継がれれば継がれるほどレギュラー・メンバーへの愛着が増幅してゆくということに尽きるのではないだろうか。一作では到底描き切れなかった各刑事の特徴や家族、恋人、服装や顔立ち、癖、習慣。そういったものが読者の頭の中にじわじわと叩きこまれているのだ。誰がどのような性格であるのか、ぼくらはおおよそ既にわかってしまっているのだ。

 だからこの本で、クレア・タウンゼントが殺され、恋人のバート・クリングが従来の若さや明るさを失ってしまうありさまは、読者にとってはとてもショッキングな状況である。クリングはもとは単なるパトロール警官だったのが、クレアと関わったある事件で手柄を立てたことにより刑事に昇進した。その後どちらかといえばあまりクセのない明るい青年刑事を演じていたのだが、作者はこの本において確実に彼を変えようとしているみたいだ。

 シリーズ開始以来六年目。小学校に入学したばかりの幼児がそろそろ中学生になろうというほどの時間なのだ。中学生であればすっかり成人してしまうほどの時間だ。シリーズと同時に誕生したぼくはこのころ五歳。言葉だってけっこう喋れただろうし、記憶だってかなりの部分を残してゆくことができる年齢になっている。シリーズだってそれは育つだろうし、死ぬ者だって出てくるわけだ。なるほど。

(1990.06.06)
最終更新:2007年05月27日 12:55