電話魔



題名:電話魔
原題:The Heckler (1960)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:高橋泰邦
発行:ハヤカワ文庫HM 1977.10.31 1刷

 シリーズ、ようやく1ダース目である。四年で1ダースだから年間3作も書いている勘定になる。ペーパーバックには違いないが、それにしても、なぜこれほど続けざまに執筆していながら、ある一定の水準を保っていられるんだろう。

 ひとつには刑事たちの個性だろう。そして事件の斬新さだろう。この作品においてもその二つの魅力はいかんなく発揮されている。とりわけこの作品を特徴づけるのは、犯人が数学の確率論で計画を練っていること、警察全体を手玉に取っていることだろう。そしてアイソラの街がいっぺんにこれほど被害を受けたことはかつてなかったろう。犯罪の規模としてはこれまでで最大だろう。

 まあ、そのくらい特徴のある作品ではある。そして刑事キャレラは再び死神に最も近い場所に赴いてしまう。再び集中治療病棟で生死の境を彷徨うなんて、読者のだれもがきっと思ってもみなかったことだ。だから後半はマイヤー・マイヤーが一生懸命動いてくれる。彼のファンにとっては貴重な一冊だろう。

 <87分署>四歳。四歳のときのぼくは何をしていたろうか。ぼくの親父を中心とした一家は池袋の安アパートを出て、埼玉県南部の蕨市の借家に移った。ぼくはそこで幼稚園に通った。日本中の道路がまだほとんど舗装されていなかった。埃を蹴たてて走る車の台数がそもそも少なかった。貸本屋や駄菓子屋がぼくら子供たちの文化の中心だった。雨が降ると道路は膝まで水浸しになった。『泥の河』を彷沸とさせる世界だ。

 今読んでいるのがそんな時代の本なんてとても思えない。架空の街アイソラは、当時から素晴らしき夢の大都会だったようだ。

(1990.05.21)
最終更新:2007年05月27日 12:52