大いなる手がかり



題名:大いなる手がかり
原題:Give the Boys a Great Big Hand (1960)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:加島祥造
発行:ハヤカワ文庫HM 1977.10.31 1刷

シリーズ、11冊目。前作『キングの身代金』に較べるとたいへん軽く感じられる一編。死体なき事件。一種のバラバラ殺人みたいなものである。両手の手首から上の部分だけが発見され、指紋は削り取られている。非常にヒントの少ない事件のために捜査は難行し、アイソラの街には雨ばかりが降りつづける。三月。日本の梅雨みたいな鬱陶しさ。雨は一週間も降りつづける。

 そういえば手首を発見したのが『麻薬密売人』の冒頭で死体を発見したパトロール警官であった。本篇もまた彼のひさびさの巡回に幕を開けるのだ。しかも前回登場時は猛烈な吹雪の夜。今回は篠つく雨の中。なかなかの皮肉。苦笑を禁じ得ない作者のサービス精神。

 本篇が軽く感じられるのは、少しばかり街を流れるリズムにメリハリをつけるため、刑事たちをボーイズと呼んだうえでやや明るくユーモラスに描いてみているせいもあるだろう。バート・クリングはクレアとのデートで週末ずっといなくなってしまうし、コットン・ホースはうかつにも素人に尾行をまかれてしまう。前回の事件で作者も刑事も疲れ気味といった雰囲気。

 十日もの時間が、事件の上を、街の上を経過してゆく。時間はかくも薄っぺらに流れてゆくのだが、これは長期シリーズだ。このような一冊があったってこちらは一向に構わない。すべてがリズムのうちだと思えばいいのだ。

(1990.05.18)
最終更新:2007年05月27日 12:51