キングの身代金



題名:キングの身代金
原題:King's Ransom (1959)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:井上一夫
発行:ハヤカワ文庫HM 1977.9.30 初刷

 少し重たい一冊である。というのも扱われたテーマが誘拐であるせいもある。そして何を隠そうこの作品こそ、黒沢明の手になる『天国と地獄』(作品の力をもって誘拐罪を重罪に換えたこと、吉展ちゃん事件で犯人が参考にしたらしいことなどで、話題騒然となった映画です)の原作(原案?)なのである。そして当然ぼくはそのことを知らなかった。ぼくは悔しいことに『天国と地獄』を予告編でしか見ていないし、兼ねてより見たいとは思っていたので、この原作に思わぬところで触れることができ、大変興味深い思いをしたのである。

注:感想を書いた時点では観ていなかった『天国と地獄』はこの直後にきっちりと観ました。貧富の差が呼び込んだ地獄という意味では、黒沢の白黒のほうがシリアスであるような……。

 この作品に激辛なスパイスを利かせているのはなんといっても誤認誘拐である。社長の子供と間違って、運転手の子供を誤って誘拐してしまった犯人が、社長に身代金を要求する。一方この物語における主役といってもいいキングは、身代金を要求されるほどの金持ちというわけでもない。身代金を払えば仕事を追われ路頭に迷わなければならなくなるといった窮状にあるのだ。これですっかり物語は、エゴイスム対ヒューマニスムという心の対立図式を描いてしまうわけだ。例によって緊迫のドラマが進行を始める。

 確かTVドラマ『特捜最前線』で『誘拐』という2話連続の話があり、これは出色だった。何の罪もないばかりかむしろ良心的で献身的な医師の子供が二人誘拐され、一人は死体で発見される。苦悩の医師を山本学が演じていてこれが実に適役だった。脚本は長坂秀佳だったかもしれない。また別の映画になるのだが、犯人が人間味を失っていなかったために子供が救い出された『誘拐報道』なども印象に深い。ともかく誘拐というテーマは、ひどく重たく、緊迫感に溢れた題材である。

 本書では犯人グループが、人間味を残したものと、そうでないサディストとで成りたっている。そしてこの人間味(ヒューマニティ)こそが本書の主人公である。犯人の中のヒューマニティ。キングのヒューマニティ。中身のどっしり詰まった一作になったものだ。

(1990.05.08)