レディ・キラー



題名:レディ・キラー
原題:Lady Killer (1958)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:田中小実昌
発行:ハヤカワ文庫HM 1978.10.31 1刷

 シリーズの中では割と特徴のある一冊。第一に死体がひとつも出てこない。第二に、わずか一日の出来事であるということ。もっと正確にいえば、朝から夜までおよそ12時間の間の出来事なのである。

 このような設定というのはお察しの通り大概時間に追われるというストーリーが多い。昔ウールリッチだったかアイリッシュだったかの作品で、時間に追われるサスペンスを読んだ記憶があって、そこでは章毎に時刻が記されていたように思う。何という作品だったか「大時計云々」というタイトルだったように思うが、まあわりとこの種のデッドリミット型作品は少なくないのではないか。

 そうそう、ドストエフスキーもこの種の濃縮された時間を描くことが多いのだ。一日の間に様々なドラマがいっぱい詰め込まれてしまうという結果になる。これでもかこれでもかと詰め込まれてしまう。結論からいうと、このような形式の本はとっても読みやすい。どんどん読み進んでしまうのだ。だから『白痴』『カラマーゾフの兄弟』なんてとても厚い本という印象があったけれど、読んでみると、わずか3日かそこらのことしか書いていないわけだ。だからそれこそ一気に読んでしまう。濃縮した時間……。

 このシリーズを特色づけていた一つは死体だった。暴力の爪痕としての死体。それががないということ。この作品に限って言えば、死体を作らないために奔走する刑事部屋の慌しい真夏の一日こそが、全ストーリーである。死体を出さないための一日こそが。たまにはこういう一日があったっていいじゃないか、死体が出なくったって。作者に代わって疲れ果てた刑事たちが、そう言っているような気もする。

 真夏の一日。第一作の『警官嫌い』から一年が経過した。刊行年は、まだまだ昭和32年である。ぼくは豊島区のアパートで満1歳を迎え、影を落としていたのはベトナムではなくまだまだ太平洋戦争だったのだ。刑事たちだって兵隊上がりという設定になっている。とても古い小説なのだ。それでもいっこうに錆びついていないのが不思議である。

(1990.04.25)
最終更新:2007年05月27日 12:28