麻薬密売人



題名:麻薬密売人
原題:The Pusher (1956)
著者:エド・マクベイン Ed McBain
訳者:中田耕治
発行:ハヤカワ文庫HM 1978.9.30 1刷

 シリーズ三作目。キャレラの相棒は新任のバート・クリングに。季節は冬。地下室に少年の死体がひとつ。首吊り縄。ヘロイン用の注射器が添えられ……という滑りだし。

 これまでの三作は、何とすべて1956年に発行された作品。1956年といえばぼくの生まれた年である。<87分署>シリーズは、ぼくと同じ年にこの世に登場したということになる。それなのに作品は既に、こんなにも独り立ちしていたのかと知ってぼくは思わずため息をついてしまう。ぼくはやっと三十四年目にしてこのシリーズを手に取ったところだというのに。

 少女がナイフで切り苛まれてゆくシーンには、ぞくりとした。この殺人は、ブライアン・デパルマの『殺しのドレス』を思わせる血腥さではないか。<87分署>シリーズを読んでいて思うのは、生きていた人間が死体に変わってゆくときの非情なまでの客観描写、その凄烈さだ。死体になってしまえば彼らはいつだって一片の検視報告書に変わってしまう。命が失われてゆくようすを無遠慮なまでに描き切ることによって、刑事たちの怒りは読者にシンクロナイズしてくるのだけれど。

 そしてさまざまな結末。非情で情け容赦のない結末。主役級のキャレラでさえも、その非情な罠を逃れられないのだと知って愕然とする本書。何ともたまらないリアリティだ。ネタばらしは決してしないけれども……。

(1990.03.29)
最終更新:2007年05月27日 12:21