午後の行商人



題名:午後の行商人
作者:船戸与一
発行:講談社 1997.10.15 初版
価格:\2,100

 鮮度が落ちた頃に読んだのだけど、何と、この物語の時期はツパクアマルによるペルーの日本大使館占拠事件の前後。旧い話どころか記憶に新しい事件ではないか。船戸の得意とする南米より少し北にずれた中米はメキシコが舞台。ペルーとは政治的な意味でも陸続きの中米、メキシコ南部のゲリラ地帯は、アウトローや政治分子の暗躍する血と硝煙の土地であったのだ。

 船戸の辺境ルポルタージュものと言える『国家と犯罪』に多くのページを裂かれているメキシコの暗部を、物語の形で紡ぎ出したその力量は相変わらずだし、彼の一貫性のある作家的姿勢を見つめ続けてきた読者には、裏切られる事のないひさびさの大作であろう。

 タランチュラと言われる老行商人にお供をする日本人青年。次々に現われる旅の道連れたち。当然一癖も二癖もある奇人たち。そして暴力と発見に彩られた道行き。ある意味で船戸得意のロード・ノヴェル。『蟹喰い猿フーガ』が記憶に新しいかもしれないが、多く見られる共通点。そしていつも民族側から視点を置いている船戸独特の「叛史」としての物語。

 次々と知ることにより次第に変貌を遂げてゆく日本青年の成長は、『山猫の夏』かららこの方やはり船戸がこだわってきた語り口。あらゆる意味で健在な船戸節。船戸世界の分厚さを味わいたい方は、ぜひ船戸エッセンス満載のこの一冊をご賞味あれ。

(1998.04.28)