流沙の塔


題名:流沙の塔 上/下
作者:船戸与一
発行:朝日新聞社 1998.5.1 初版
価格:上\1,800/下\1,700

 これは同じ作者のルポもの『国家と犯罪』と合前後して読んだ本だが、『午後の行商人』で取り上げたメキシコの後は、必然中国に目が向けられることは、ルポものの行方から想像ができていた。『流砂の塔』は、船戸が初めて書いた中国中央アジア国境地帯の物語である。

 小説的な構成は、これまで以上に娯楽性を生かした、船戸作品では意外に少ない「三人称複数」。章毎に入れ代わる複数の人間たちが、どこでどう繋がってゆくのかが、まず興味の焦点。とは言えフォーサイスのように三人称をどこまでも広げてゆくのではなく、4つの視点をローテーションさせた章分け形式である。

 中国の巨大な歴史と広大な地理をわからしめる一つの方法でありながら、同時にサスペンスを増す方法であると思う。だからこそ逆に、物語はルポを起点としたリアルな国境の情景を蓄積している。中央アジアの多民族間の緊張を伝える筆致で、アクションを交えた船戸ワールドが展開されている。

 正面から現代史に挑んだ『砂のクロニクル』、日本の少数民族史に一擲を投じた『蝦夷地別件』、これら船戸与一正統派とも呼びたい系譜の先、最新の岐路を示した大作である。

(1998.08.08)
最終更新:2007年05月27日 03:08