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緋色の時代



題名:緋色の時代 上/下
作者:船戸与一
発行:小学館 2002.1.10 初版
価格:各\1800

 船戸の小説には沢山の登場人物の絡み合いがある。舞台が南米であれ、中東であれ、日本であれ、多くのいわくありげな人物が登場する。それぞれの志向や欲望や性向は、割合にはっきりしている。一人称小説よりも三人称のスタイルのときのほうが、人間たちが極小の駒のようにジオラマの中で動かされ、小説的戦略の道具になることも多いと思う。もちろん道具であることを感じさせないほどに、船戸のストーリーテリングの筆力は際めて長けているのだけれど。

 小さな事件の積み重ねがあって、読者はその緊迫感にほとんど退屈を覚えないと思う。刺激的な血と暴力と怨念の不穏なエピソードが溜まってゆく過程が船戸小説の面目躍如たる部分である。本書は現代ロシアに材を取った。アフガンで血と残虐の体験をした4人が、後に共産主義崩壊後のエカテリンブルグで、二つのギャング組織に身を置いてしのぎを削る物語。その対立構図がこの作品のすべてを奏でる重低音だと言っていい。

 『山猫の夏』のように二つの一家を翻弄するような際だった存在は見られない。潜入警察官として日本とモスクワからこの対立構図に亀裂を入れる二人では役不足だ。日本人の存在自体が、道化に過ぎない。日本人読者に対し、ある地平でこの物語と繋がっているの事実を告げるメッセンジャーに過ぎない。世界の構図をより日本に近づけるための存在に過ぎない。

 かつての上官二人の欲望まみれの存在も、物語を錯綜させるギアの役に過ぎない。主人公たちをバイオレンスの世界に投げ込んだ象徴のような存在。アフガンという地獄の原体験から甦ってきた亡霊のような存在。

 あくまでこのドラマを貫くのはシンプルな対立構図。だからラストへの収斂の加速度にも躊躇いがない。二つのギャング組織の間の摩擦が徐々に発火点へと沸騰してゆく。小さな恨みの重なり合い。小さな復讐心と相手を絶滅に至るまで叩くと言う決意。あるいは彼らの宿命の袋小路。

 ラスト数十ページを殺し合いに費やす。船戸お得意の、ほとんど皆殺しに近い殺戮の終盤劇。呆気ないほどにばたばたと命が消えてゆく。ジオラマの駒のように。沸点は呆気ないものだ。沸点に至る葛藤の数々の方に、ドラマの価値はあるのだと言わんばかりに持たせに持たせた揚げ句のクライマックス。この筆力は、やはり船戸を日本冒険小説界の玉座にまだまだ当分は着かせておくに違いない。

(2002.08.11)