海燕ホテル・ブルー



題名:海燕ホテル・ブルー
作者:船戸与一
発行:角川書店 1998.08.05 初版
価格:\1,800

 船戸が初めて現代日本を舞台に描いた、政治色の全くない、情念の日本風サスペンス。そういうだけで、船戸ファンはうずくような思いがするのではないだろうか。ぼくは朝刊で新刊広告を見た途端、書店に飛び、早々に仕入れ、これを仙台発苫小牧行フェリーの中で読んだ。帰省を終えて戻る船の中、大揺れの寝台の上で。

 船戸にしては初ものづくしの作品と言える。これがゆえに、この本の評価はおそらく真っ二つに別れると思う。さて船戸のあの荒々しいバイオレンスと緊張の世界が、平和日本の現在に通じるのかどうか、この点が最大の興味ではあるまいか。

 内容をあまり紹介してしまいたくはないのだが、結果的には純日本風ハードボイルド・サスペンス小説である。性も暴力も存在するが、どこかこれまでの船戸辺境ワールドのそれではなく、もっと『罪と罰』に似た内的衝動から繰り出されたもののように思う。

 船戸の小説は、たいてい民話や伝承を思わせるシンプルで戯画化された世界である。作り物めいた物語性。寓話性。これが船戸のいつもの小説作法である。そのデフォルメこそが、いつもむしろ読者の知らぬ場所を舞台にした辺境小説においてリアリティを感じさせている。だからこそ、それあ平和日本でどう書かれてゆくのかという点が、この本の一番の読み所となっているように思う。小説中でたくぎんや山一の崩壊がニュースとして扱われているような、読者の側としてはそれこそ同時代。そこに投じられた船戸の神話的世界が、どのように現実を引き裂いているかにこそ、この小説の核はある、と思う。

 物語の核となる女性の神秘性。反復する罠と運命の翻弄。安部公房『砂の女』を思わせる虜囚感覚。いくつもの愚かさ。そういったすべてが船戸の優れた物語作家としての資質ゆえに、日本というある具体的で読者の側によく知られた場所で、読者をどれだけぐらりと揺すってみせるか。それが最大の関心……と。

 船戸の新たなマイルストーンとしての奇妙な味わいのこの作品。いつもの長大さの感じられない少しコンパクトな印象のスケールではあるけれど、ページターナーであることは保証できる。特に船戸ファンたちのいろいろな評価を聞きたくなるような一冊である。

(1998.08.07)
最終更新:2007年05月27日 02:48