蝶舞う館



題名:蝶舞う館
作者:船戸与一
発行:講談社 2005.10.26 初版
価格:\1,900

 ヴェトナム。船戸与一の年齢ならば、朝鮮戦争からこの方、米軍がアジアで戦争を起こす際の前線基地として日本が機能していた時代を、60年安保という直截な空気で呼吸していたに違いない。当然ながら、彼の同時代、文学も音楽も、とにかく文化全体がヴェトナムの影響を受けていたことだろう。

 ぼくは70年安保にさえ遅れをとってきた世代である。むしろ、二、三級上の先輩たちが警察に引きずられていったり、内ゲバの脅威に晒されている状況を、まるで他人事のように、わずかな緊張感だけを握り締めて傍観していた。

 ぼくらの世代は何の根拠もなく、排他的な大人たちによってただ暴力的に、三無主義と呼ばれた。無気力、無関心、無責任と評され、大人たちの団結に意義を唱えることに対し、方便的にこの言葉が使われたが、それはやがて死語となり空洞化した、とぼくは理解している。

 ヴェトナムという国は途方もない異国であった。そこでアメリカが何をやらかしたのかについては、むしろ後からぼくの中に浸透してくることになる。石森章太郎の『サイボーグ009』。反戦色の濃いドキュメント映画『ウッドストック』。クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの数々の歌。PPMやジョーン・バエズ、はたまた岡林信康のフォークソングによって。大江健三郎『遅れてきた青年』などの衝撃的なかたちによって。

 その頃になって、やっとケネディ暗殺という事件が、アメリカのその後の行動を決定づけたものだったと理解できるようになった。ケネディの事件当初は、実はぼくはよくわかっていなかった。具体的には、母親の驚きと落胆にまみれた表情を今も覚えている。泣き声に近い「ケネディが死んだ」という声を覚えている。

 ケネディは、ぼくにとって長い間、力道山の死であり、長嶋茂雄の引退であるかに思われていた。実のところそうした戦後の国民による精神的な喪失という問題と、ケネディの死が違うものだ、ということに気づいたのはずっと後になってからのことだ。

 その意味で突如存在の重さを増したヴェトナム。60年代最後の年、北爆は拡大し、アメリカは兵力を大量投入し、戦況は泥沼化する。

 70年代、ぼくはニール・ヤングやジェファーソン・エアプレインを聴く。ヴェトナムはやがて『ディア・ハンター』や『キリング・フィールド』となって終わっていった。後になって『地獄の黙示録』、『プラトーン』、『フルメタル・ジャケット』と、改めて擬似体験させられることになる戦争でもあった。それは第二次大戦を描いたどの映画とも違っていて、アメリカの罪深さを訴える表現に満ち溢れており、正義を振りかざすそれまでの戦争映画とは一線を画していた。

 そのヴェトナム、あの長い戦争の時代を彼岸のように見つめ、その後30年を経た現在が、船戸与一の初めて挑むこの国の舞台装置なのだ。

 今のヴェトナムは、若い二十代の娘たちが美味しい食べ物や着もしないアオザイかなにかを求めてパック旅行で訪れるヴェトナムであり、本書ではTVクルーが三十周年記念特番を撮影するために訪れる一見平和な国家である。

 しかしながら山岳民族であるモンタニャールこそが、船戸の永遠のテーマである被抑圧民族として本書ではフォーカスされる。今もなお理不尽な圧制と差別に苦しみ、そして世界にその真実を告げるべくデモ闘争を繰り広げている知られざる「ヴェトナムの今」なのだ。

 この作品で語られるのは、政府軍に徹底的に叩き潰され続けるモンタニャールたちの、知られざる武装蜂起の物語。船戸が新たに作り出した神話の果てである。

 巻き込まれてゆく日本人がいつものように、あるいはいつも以上に存在する。現地観光ガイド、TVクルーたち、はたまた戦場ジャーナリスト。彼らの旅は、『地獄の黙示録』で辿られたカーツ大佐探しの旅にどこか似ている。川を下って、闇の奥へ。蝶舞う館に行き着くところ、過去の亡霊の如き人物が、一行を待ち受ける。血と硝煙に切り裂かれてきた山岳民族の運命をその手に握った形で。行動すること、そのために人生を変え、国籍を投げ捨てた男。

 徹底した暴力という意味では、いつにも増して本書は救いがないかに思われる。ヴェトナム内に住む多くの異種民族たちの総称であるモンタニャール。フランス植民地時代から連綿と続く彼らの虐げられ、世界から忘れられた状況を、船戸は小説により明らかにしてゆく。影の王国を。叶わぬ独立への夢を今日も綴る叙事詩として。世界に明らかにすることを目的としたもうひとつの武装闘争のように。

 ヴェトナムの内なる火薬庫の存在を、改めて取り上げた衝撃の真実。第二次大戦まで遡る、日本のこの国との関わりの歴史。テーマはいつも読者に向けて明確に突きつけられる。逃れようのない時代の重さと痛みとを十分に感じさせながら。ギリシア悲劇に劣らない現代の残酷物語に目を背けさせず、船戸与一という辺境への案内人に伴われて。

(2006/03/12)