海辺のカフカ



題名:海辺のカフカ 上/下
作者:村上春樹
発行:新潮社 2002.9.10 初版
価格:各\1,600

 妻が先に読んでいいかと乞うので渡していたらいつまでも読み進まない。集中力がないというが、専業主婦である妻は子供も育つにつれそう手がかからないようになると時間をあり余せて、テレビ体操をしたりディジタルハイビジョンの双方向ゲームをやったりして遊ぶこともある。それなのにこの本を読み進まない。ある意味では村上春樹の小説を何ヶ月もかけて読むというのは相当に贅沢なことのような気がする。たまらなくなったぼくは上下二冊を妻から取り上げて読み始める。

 ちょうどまる四日間でぼくはこれを読み終える。何ヶ月もかけてこれを読もうと言う妻に較べると、せわしない読書だし、あまり贅沢とは言えない気がする。他の作家ならともかく、ぼくはこと村上春樹という作家の小説になると実は一日数ページずつ時間をかけて読むというようなことをやってもいいと思っている。村上春樹は読むことを急がせられない。速く読まなくてはならないという本でもない。自分の日常のどこかの隙間の部分にねじ込んでしまえばそれで構わない。そうしておくと、どこか目に見えない影のような部分から、自分の側にじっくりと染み透ってくる。それが村上春樹的エフェクトであるような気がしている。

 ある地点から、極めてリアルなものに錨を下ろすようになった(とぼくが感じている)村上春樹の小説作法が、懐かしい『羊をめぐる冒険』の頃に戻ったような感がある。カフカという不条理を要とする作家にはあまり錨をおろすことはできないと思うので、この本は極めて抽象的な生・死・性・愛・時間といったものを作中にも頻繁に登場する「メタファー」という作法でくくった小説になっている。村上春樹はメタファーを小説作法にしている、と言い換えても構わない。

初期長編の頃から「死」を題材にした作品を書き続けている。「ヤミクロ」の世界であり、ねじまき鳥にゼンマイを巻かれてゆく生のやむなき時間と、その淡い影とを。数々の幽霊たちと、喪失とを。『ダンス・ダンス・ダンス』でも『ノルウェイの森』でも。他のもっと有名な代表作と言われる作品たちの中でも。

 本作ではそれらの主題をミステリアスな物語で漕ぎ出している。独特の語りの愉快さ、ドライさ、距離感、突如踏み込んでくるような人間関係の不自然だが極めて自然なようにも思える図式。ギリシア悲劇という構図を運命という言葉に置き換えて、ベートーベンの生涯が効果的な和音を奏で、戦争という暗い歴史のなかのいくつもの殺人と残酷が、少年少女と生との間にクールな距離感をもたせ、「海辺のカフカ」という題材の絵画へと集約してゆく。

結論などのない作品を書き続ける作家。いろいろなものを暗示はしても示唆はしない。ユーモアと美しい月の光が交錯する。メタファー。

 数年に一度こうした奇妙な作品が村上春樹の手によってできあがる。ぼくの人生にとっても、その頻度はけっこういいペースであるように思われる。

(2002.12.22)