ねじまき鳥クロニクル 第一部 泥棒かささぎ編/第二部 予言する鳥編



題名:ねじまき鳥クロニクル 第一部 泥棒かささぎ編/第二部 予言する鳥編 
作者:村上春樹
発行:新潮社 1994.4.12 初版 1994.4.25 2版/1994.6.20 4刷
価格:各\1,600(本体各\1,553)

 この人は生と死について主題にした小説ばかり書いている人だなあといつも思う。花村萬月などは生と死を書こうとしてその具象化した形である性と暴力を描いているのだと自ら言っていたりするが、村上春樹の場合は生と死の裏面に虚と実とでも言うべき物語の二重性があったりする。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』などはその最たるものでまさに二つの世界を対照的に描いていたりする。

 そういう意味では、この小説もいつもの生死・虚実を主題とした物語ということができるかもしれない。性について言えばこれまでもかなり書き込んできた作家だと思うけど、花村萬月ばりの暴力シーンというのは、今度の場合意外であった。意外であったといえばさらに意外なのは参考文献を並べてまで描いてしまったソ満国境地帯でのノモンハン事件、そして陸軍情報部の秘密工作のあたり、あらら村上春樹も冒険小説方面に乗り出したのか……と思わせるほど、珍しく正統派の筆裁きであったりする。

 このあたり、まあ下巻へ導入されるべき重要なシーンなのだが、何ともはや、そこに至るまでがいつもの如く、一人称であり、感傷を交えぬ理路整然としたハードボイルド文体であり、エッセイ的な、個性主張の多い会話が散りばめられたキッチン描写であある。そしていきなりノモンハン。また何度となく出てくる夢。回想。こういうのを小説と言えるんだろうか、と首を傾げつつもいつものように独自の世界に下降してゆく自分が怖い。

 自分に似た何かを持つ主人公が、何を持つかわからぬ他人と対峙するときの不可解で不浄理な関係もいつものまま。『羊をめぐる冒険』を彷彿とさせるほど不思議で理解しにくい結末へ至ってゆくのだが、これが面白い小説であるかどうか、となると、まあ自分はイメージとしての局所的な面白さを愛好しているのだろうなあ、くらいしか答えようがないのです。

 全く不思議な小説。作者の生の声、創作ノートみたいなものを開陳していただきたいものである。案外、行き当たりばったりなのかもしれなかったりする。

(1994.12.06)
最終更新:2007年05月27日 01:34