神の子どもたちはみな踊る



題名:神の子どもたちはみな踊る
作者:村上春樹
発行:新潮社 2000.2.25 初版
価格:\1,300

 阪神淡路大震災からはや5年。村上春樹が喫茶店を経営していたあの神戸を襲った地震をキイワードに、作家は連作短編を書いた。連作と呼べるほどの繋がりは確かにほとんどない。どうしてこれらの物語を一つの地震というキイワードで結びつけなければいけなかったのかはまったくの謎である。

 でも村上春樹が90年代後半に確かに変わったのは、彼の目が歴史的な事実に向けられ始めたときのこと。徹底して、それこそ鼻につくほどの個人主義とエゴイズムの文学であった彼の作品に歴史的事実が舞い込み始めたのは『ねじまき鳥クロニクル』。

 続いてこれ以上ないと言えるほどに有名な死刑囚ゲイリー・ギルモアのノンフィクション『心臓を貫かれて』の翻訳。きわめつけが地下鉄サリン事件の被害者インタビューで構成した『アンダーグラウンド』と加害者インタビューの続編『約束された場所で』。

 ぼくらの個人的な物語は多くの歴史的なものごととどこかで共通した繋がりを持っている、とでも言うかのように物語たちは、それぞれの別々の次元で別々の走路を辿ってゆく。しかし、それらの行き着く先は同じ場所なのか? と思わせるほど奇妙な感覚に運ばれてゆくのがこの短編集の味わい。

 もとより「死」という一つの命題にとことんこだわってきた村上春樹にとって、事件たちは常に「やみくろ」(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』より)の世界であり、この作品集においては、地底に住んでにくしみを膨れ上がらせてきたみみずくんであったり、箱のふたを開けて待っている地震男であったりするのだ。

 彼のこんな奇妙な物語がなぜ未だにベストセラーであり続けるのかぼくにはわからない。彼の小説がいつであっても、どんな世代のどんな人々にもわかる言葉でしか書かれていないことが最大の理由であろうと、ぼくは常日頃思っているのだが。

(2000.03.20)
最終更新:2007年05月27日 01:27