クライム・マシン



題名:クライム・マシン
原題:The Crime Machine and Other Stories (1958-1989)
作者:ジャック・リッチー Jack Ritchie
訳者:好野理恵、他
発行:晶文社 2005.09.30 初版
価格:\2,400

 短編集にもいろいろある。ローレンス・ブロックは自分の楽しみのために、短編を書くという。長編小説を書くときのように商品価値を意識せず、ただ短編作品を作る楽しみのために書く、という。オットー・ペンズラーは、短編集の編纂家としてつとに有名だが、彼の毎年の『ベスト・アメリカン・ミステリ』は、ただのミステリーというよりも、どちらかと言えば文学的志向が強いかに見える。短編にしては重く、一行一行に読み応えの感じられるものが多い。

 そこへゆくと、こちらのジャック・リッチーは、日本で言えば星新一のようなテイストといったところか。短編の中にはショートショートもあるし、作品を短くすることに命を賭けているというイメージがある。星新一のショート・ストーリーがそうであるように、ジャック・リッチーの作品もまた、明るく、そして凝っている。文芸的な重さというものを捨て去った代わりに、誰も思いつかないようなネタで勝負しているという気配が強い。オットー・ペンズラーよりも、ローレンス・ブロックの方により近い。

 独立した短編とショートショートで成り立つこの作品集は、アメリカで別に原版となる短編作品集があるわけではなく、日本で翻訳し編纂されたいわばジャック・リッチー・ベストといったものである。作品か発表された時代も1958-1989年と、その間何と34年もの開きがある。それだけ息の長い作家であり、しかも短編専門に食べている作家だということである。アメリカには、兼業であれ専業であれ、短編作家という人が、日本にあまり紹介されないままに無数に存在するみたいである。

 思えば、ハメットだって長編が有名であるものの、短編作品集の方がよほど多い作家であったのだ。改めてアメリカの短編作家に注目する、というのもたまにはいい。時間を短編集を読むために使うというだけで、なぜか贅沢な気分にもなってくる。

 本書は、独立した短編で成り立つと書いたが、実はその中でもシリーズになったキャラクターが二人いる。まずそうと明記はしていないけれど、どう読んでも吸血鬼の一族である夜間だけ開業の私立探偵カーデュラ。もう一人は、ずれた捜査をしている間に別のもっと大きい事件がどんどん解決してしまうという、おかしな部長刑事ターンバックルもの。どちらもふざけた設定ゆえに、コミカル極まりない。

 タイトルのクライム・マシンはある日殺人者のもとに「タイムマシンであなたの犯罪を目撃した」と告げる男が現れるという意表を突いたもの。もちろんSF小説ではなく、クライム小説であるのだが、こんな発想がとてもおかしい。危険な題材を扱いながら、ユーモアの中で纏め上げてしまう職人作家の作品集、こんな小粒の味わいを愉しむことに贅沢を感じていただければ幸いである。

(2007/05/26)
最終更新:2007年05月26日 14:46