ダーティ・ホワイト・ボーイズ



題名:ダーティ・ホワイト・ボーイズ
原題:Dirty White Boys (1994)
作者:Stephen Hunter
訳者:公手成幸
発行:扶桑社ミステリ 1997.2.28 初版
価格:\900(本体\874)

 骨太の作風で寡作。S・ハンターの印象はこれに尽きる。だからこそ作品が出ただけで胸が高鳴る名前でもある。

 この作品が邦訳で春先に出ていることを、ぼくは一度知らされていながら失念していたか、全く知らなかったかのどちらかである。FADVのオフにおいてこの作品を知らされたときには、再びぼくの読書欲の対象として強力に浮上してきた。

 ハンターは寡作なだけに各作品にこれと言った傾向というのが見い出しにくい。各作品はどれもこれも舞台を変え質を変えて見える。本作品も従来のハンターの規範そのままに、従来の毛色を一掃した作品である。

 それでありながら、ぼくは『真夜中のデッドリミット』に最も近いムードを見ていた気がする。この作家、往年の西部劇を書いているなあという印象である。しかもバイオレンスを基調としたサム・ペッキンパ作品のような、噎せ返るほどの男の匂いとそのシンプルな戦いの哲学をだ。

 『真夜中……』は、特定の主人公を持たせない中でいくつもの登場人物を愛情溢れんばかりに命を賭けるゲームに向かわせ、多くの名シーンの中で誇り高き場面をプレゼントしてあげるといった形の作品であった。

 銃弾と硝煙に彩られるバイオレンスの連鎖で、アメリカの男たちの戦いを描いているのは本作も同様。撃鉄の音、装弾の音、武器たちの生々しい音に散りばめられた、リアルな武器たちの演出はそのまま、ぼくたちがペキンパやウォルター・ヒルの映画に見てきた美学に繋がるものがある。

 アメリカの病理とか現代の変異などとは無縁の状況の中で、ハンターは独自の寓話を作り出し、男と男の戦いを描写することに費やしているように見える。より右脳的な部分で「感じる」作品であり、これぞエンタテインメントと言いたいような、生で楽しんで欲しい類いのアクション巨篇だ。

 最後に著者略歴を見て納得。この人はやはり映画に深く係わっている人なのであった。

(1197.10.12)