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さらば、カタロニア戦線



題名:さらば、カタロニア戦線(上・下)
原題:THE SPANISH GAMBIT ,(1985)
作者:STEPHEN HUNTER
訳者:冬川亘
発行:ハヤカワ文庫NV 1986.12.15 初刷
価格:各\420

 『真夜中のデッド・リミット』で超極上のエンターテインメントを提供してくれたS・ハンター。『真夜中・・・・』は彼の4作目になるらしいが、他にはその後デビュー作『クルドの暗殺者』が同じ新潮から出ただけで、なかなか新しい出版の話が出てこないでいる。この『さらば、カタロニア戦線』は逆に、『真夜中・・・・』より前に邦訳されハヤカワから出ていた作品。しかし、今、書店でハヤカワ文庫のリストを手に取ってもこの作品の名は見当たらないので、新たに手にするには古書店めぐりに頼らざるを得ないかもしれない。

 こうして日本冒険小説大賞を射止めた割りには、ある意味で不遇を囲っている作家の、これまた不遇な作品が本書である。確かに『真夜中・・・・』ほどのインパクトはないものの、なかなかロマンチシズム溢れる雄々しい物語は、この作家ならではのものである。

 『クルド・・・・』ではメキシコの熱い大地に倒れるまで撃ち合い続ける男たちのヤケクソな絶叫がよかった。『真夜中・・・・』ではさらに死に行く多くの名もなきヒーローたちが素晴らしかった。いつもこの作家の登場人物たちは素敵な役割を当てがわれ、その生よりも死によって彼らの価値を高らしめる。ぼくはハンターはそういうところが一番好きである。物語のエッセンスを知っているよなあ、とつくづく思ったりもする。

 さて本書はタイトルからも明らかであるように、スペイン内乱に材を取っている。ぼくとしては多くの現代日本の読者と同じように、スペイン内乱と当時の国際情勢に関してこれと言って詳しいわけではない。逢坂剛や森詠など、スペインを題材にした冒険小説が存在しなかったらまずもってその国の現代史に興味を抱いてはいなかったとも思う。しかしこの本は、その時代を直裁に切断した話であり、時代の表現という意味でもきちんとしているので、 これまで知らなかった事実・・・・ 例えば共和国側内部だけでの弾圧、 ソ連の行なったナチスとほとんど同断の虐殺・・・・ などはかなりショッキングであった。その後のソ連スターリニズムへの世界の幻滅がよく実感されたし、英米の沈黙、不介入という、見捨てられたヨーロッパの孤児スペインという顔もよく見えている。

 またスペイン内乱という場がいかに世界の掃き溜めであったか、これも戦争の名のもとにただの殺戮者であるだけの追跡者の姿に表わされている。

 そういう意味ではひとつの歴史小説でもあるので、この辺りを楽しめない人にはちょっと小難しくてダメな部分が多いかもしれない。しかしぼくは主人公らの友情の熱さにはやはり少し心を揺り動かされてしまった。ああ、この辺りはやはりハンターだな、とも思った。疑惑を感じている友に、銃弾の飛び交う中、励まされ引きずられる主人公の立場に身を置くと、命を賭けて自分を救おうとしている者の紛れもない真実が見える瞬間がある。この種の真実が描ける作家として、ぼくは今後も彼の新訳を待つつもりである。

(1992.12.06)