ブラディ・リバー・ブルース



題名:ブラディ・リバー・ブルース
原題:Bloody River Blues (1993)
作者:ジェフリー・ディーヴァー Jeffery Deaver wrighting as William Jefferies
訳者:藤田佳澄
発行:ハヤカワ文庫HM 2003.01.31 初版
価格:¥940

 確かにディーヴァーはスピーディな手に汗握る展開を得意とする作家である。キャラクターの個性を生かしながら、ハリウッド風の娯楽色満載で、サービス精神は大変に旺盛だ。しかしここに来て、ぼくはファーストフードよりもスローフードを見なおしているところなのだ。『エンプティ・チェアー』に関してはぼくはあまり楽しむことができなかった。それはやはり何か、満たされない餓えのようなものがあったからなのだと思う。だからこそ、もっとゆったりと贅沢なリズムの読書時間をもたらしてくれるこのジョン・ペラム・シリーズを、今このときにぼくは評価してあげたい。

 今思えば、ペラム・シリーズ3作目に当たる『ヘルズ・キッチン』では、当のペラムが手がけている仕事は老女へのインタビューくらいなものだった。老女との出会いが限りなく重要だとは言うものの、本来のロケーション・スカウトという仕事についてはあまり具体的に叙述されていなかった。また、『死を誘うロケ地』は、タイトルのごとくロケ地を舞台にした作品であり、これが本来のペラム・シリーズ第1作ということから、彼の本業はより明確に描かれている。それでも、彼の具体的な仕事の描写にはそれほど紙数が費やされていない。

 その意味で、最もペラムの仕事と事件とが重なり合ったのが本書だろう。ペラムが映画作りの現場にとことん関わっている。皮肉にもぼくは、出版社の節操のない翻訳順に翻弄されて、これを最後に読む羽目に陥っているのだけれども。

 映画制作の仕事のなかで監督とやり合ったり、ロケ地の変更に四苦八苦したり、予算に悩んだりと、ロケ地ハンターの仕事に追われる。その上、映画制作の現場だけではなく、ペラムが黙々と脚本を書き進めている別の作品への夢も手放してはいない。通常の会話の中でペラムの口から出る映画タイトルの多いことは、このシリーズの特徴だろう。映画と密接に関ったシリーズというわけだ。

 さて、ペラムは捜査のプロではないので、何らかの形で事件に巻き込まれるタイプの主人公である。のっけから目撃者として、悪党どもからつけ狙われる羽目になり、危険を背負い込む。スリルを効果的に演出する犯人側からの視点。トリッキーな文章スタイルを場面に応じて駆使するなど、今のジェットコースター小説を構築するテクニックのあれこれが随所に覗く。後のリンカーン・ライムを暗示させる人物だって登場する。そうした人物たちの心理描写に長けたところも十分に見せてくれる。

 そして、ペラムの思い切った決断ぶり。そのタフネス。面倒ごとを処理する方法。それらのすべてにおいて彼は相当の切れ味を見せてくれる。余所者であり、流れ者である。弱者への優しい視点と、恋多き孤独者。強気と抵抗とファイトする姿勢。『シェーン』を意識して書いたという作者の意図により、流れ者のガンマンのような匂いがする。少しばかりアナクロなヒーローだが、だからこそスローフードの食材にあまりにも填まった、と言える。

 これにて三部作読了。古くて新しい主人公ペラムのその後についても、是非いつか読みたいものだ。

(2003/02/18)
最終更新:2007年05月13日 13:03